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第89話

 それでは、どうじょ(/・ω・)/




 「漸く見つけたよ、アシュラード君」


 その声を聞いただけで背筋をザワザワと不快感が走り、鳥肌が立った。

 気持ち悪い人から向けられる妄執の念がこれほど悍ましいとは知らなかった。


 「アインバースト子爵、これは一体如何なもので?」


 「やだなぁ、見慣れない者達がいたので狙ったまでのことですよ」


 その笑みが愉悦を含んでいることから、分かった上での凶行だったことは抗い様もない事実だろう。

 しかし、この場はそんな事で揉める暇はない。


 「その者は我が男爵家の者です。即刻剣を収めて下さい」


 しかし、アインバースト子爵は笑ったままだった。


 「怪しいなぁ、本当にこの者は君の部下かい?」


 「ええ、我が領で暮らす者の一人です。ところで子爵はお供の方をお連れしていないので?」


 「そうか。ああ、供の者達は置いて来てしまってね。だからさ、君の所で私を守ってはもらえないかな?」


 笑みが一層大きく歪んだ。

 間違いなくこれは罠に違いない。

 先程の一撃には確かに殺意が感じられた。

 狙いは恐らく僕ちんなんだろう。狙う理由とタイミングが謎だけども。

 まぁ、答えは決まっている。


 「護衛を割く余裕がありませんので、この場から退かれることをお勧めします」


 Noだ。

 こんな不穏分子近くに置いておける訳がない。


 「そうですか、それは残念です」


 笑みを崩さず、気狂いは続ける。


 「アドバンス家は以前一揉めあった私をこの場でリッデルの手によって葬ろうと言うのですね!」


 アーッ、もうこのク〇野郎が!

 いちゃもん付けて引けなくさせる気か?


 実際に揉めたのはアインバースト家とゲイン家、つまりこの目の前の男の家と母上の実家での諍いだ。

 アインバースト家の当時の嫡子がゲイン家の子女を強引に手付けようとした、と言った感じで。

 しかし、因縁があるのはこの子爵とうちのオトンというややこしさがこの状況においてはマズイ。

 ジェイン・アインバーストを決闘で退けたのはラクトル・アドバンスであるので、ゲイン家よりもアドバンス家の方がアインバースト家との溝は深いのである。


 「勘違いなさらぬよう、貴方様を守る余裕が残念ながらウチにはないのです。このような状況ですからね。ですので、子爵様、御身が大事なれば即刻この場を去るべきだと、そう申し上げているのです。それとももしや、子爵様はこの場に来たばかりで状況を分かっていなさらないのでしょうか」


 正論込みの煽りです。

 勝手にノコノコ出て来たと言うのならば、ウチに余裕はねぇ!さっさと帰れ!状況分かんねぇのか、ダボが!って感じです。


 すると、子爵の笑いが消えた。

 突然真顔になるのも不気味なものがある。


 「やはり・・・・・いな」


 ぼそりと何か喋ったが途中から声が小さくなって全ては聞き取れなかった。

 しかし、剣先を下に向けた。インは剣を構えたまま気を抜かない。つまり、危険はまだ脱していないということなのだろう。

 

 「いくらマ・・の・でも、・・・あの・・・・せいか」


 またしても所々が聞き取れなかった。

 そろそろ、勘弁してほしい所です。

 その間も警戒は解けないし、こうしている間にも事態は動き続けるのだから。


 「アシュラード様!お早く」


 後ろからはカゲゾウの声が急かしてくる。

 既に敵の大物さんと剣をぶつけ合い始めたらしい。

 カゲゾウは強いが、それでも敵さんも化け物なのだ。

 彼のお荷物となっている俺はこの場から離れなければならない。

 

 「では、子爵様、この場は失礼します。御武運を」


 そう言って動こうとした時だった。


 「ならば、分からせてあげないとね」


 ブツブツと呟きながら再度子爵が迫り来る。

 その突然の動きは何処か人間味に欠けていて、気味の悪いものだった。


 ガギィィィン!


 再び金属音が響くとアインバーストと剣を重ねていたのはインではなかった。


 「主ィ、コイツやってもいいのか?」


 「一応、五体満足でお願いしたいけど、部下の命には換えられないからね。任せるよ、キルト」


 「マエムキにゼンショする」


 まるで政治家のような口振りで今も鍔迫り合いをしている。

 しかしその台詞は些か棒読みなのは否めない。

 そんな余裕のある彼も十分にチートな気がするのは僕ちゃんの気のせいでしょうか。


 「邪魔をするなァァァァ!」


 まるで何かに憑りつかれたかのように叫ぶ子爵。

 その存在は私の中で既にホラー的なものになりつつある。

 だっておっかないんだもの。


 「アシュラード様、行きましょう」


 そんな危険人物から一歩でも離れるがべく、インとホウに連れられその場を後にします。

 僕は僕に出来ることをしましょうか。


 「アースバインド!」


 なので、早速隙だらけな敵兵さんを一人魔法で拘束します。

 勿論本人の死角からです。

 土が蛇のように細長い形で地面から浮かび上がり、一気に敵へと絡みつきます。

 自賛になりますが、ナイスプレイです。

 あ、これは決して卑怯ではないので、そこは分かってもらいたい所です。


 そんな誰に言うでもない言い訳を考えながら、新たな子羊さんを探すのでした。




 □■□■




 「やはり、獣人か。お前の仕える主はそういうの(・・・・・)に拘らないのか?」



 「・・・」


 男は問い掛けるが相対する敵は黙したままだった。

 ファウストは何時の間にか巨躯な馬から降りていた。

 その馬は乗り手を無くしながらも落ち着いた様子でその場に留まっていた。

 その姿にはどっしりとした風格が感じられ、シルフェウス兵も迂闊に手を出すのが憚られた。


 「ならば、お前の様な者が傍にいるのも頷ける」


 その言葉に少しだけ、ほんの僅かに黙していた男の内にあるものが揺れた、そうファウストは判断した。

 実際ファウストに向ける剣先が僅かに反応を示したのだ。

 

 「フンッ!」


 その踏み込みに何とかカゲゾウは反応する。


 「ハッ、サァッ、シッ、ツェヤァ!」


 容赦のない剣戟がカゲゾウを襲う。

 その苛烈な攻めを忍ぶ男は何とか耐え凌ぐ。

 そして、ファウストが隙を見せようものなら一度の反撃で全てを終わらせるべく、その時を狙い続ける。

 先のぶれ(・・)は誘いであったのだ。


 しかし、その狙いに攻めているファウストも気付き、ワザと隙を見せる動作を幾つか混ぜ込む。

 傍目にはファウスト優勢に見えるが、その攻防は正に一進一退であった。


 「思った通り、やはりお前は強い!」


 まるで子どものように無邪気な笑いを見せるファウスト。

 その異常さにカゲゾウは何となくその正体に気付いた。


 (壊されている、いや、根底には自壊への願望、渇望か。見ていて気分の良いものではないな)


 彼がこれまでの任務で見て来た多くの人、それらの中で目の前の男と似たような者達がいた。

 自らの生きる糧を奪われ、潰され、やり場のない自身の悲しみや憎しみに蝕まれていた者達。

 彼らの最期は決まって凄惨で碌でもないものだった。

 カゲゾウは目の前の人物にそんな奴らと同じ臭いを嗅ぎ取っていた。


 「なぁ」


 ふと、戦鬼は強き相手に尋ねた。


 「お前は何のためにその強さを求めた?」


 それまでとは全く異なるトーンでの問いだった。

 しかし、攻めを休むことはない。

 カゲゾウは何も言わない。

 それに続きがあることを分かっていたからだろうか。


 「俺は、家のためにそれを求めた。糞親父に罵声を浴びせられ、着ていたものは土と血と汗に塗れて、体はいつも何処かしら痛みや重さが蔓延っていた。それでも、死にたくはなかった。鍛錬以外では糞親父も幾分真面だったし、尊敬できる兄たちもいた。家のため、家族のため、そう思って俺は自らを鍛えて来た」


 息切れすることなく、まるで平素のように言葉を紡ぐファウスト。

 しかし、瞳の色は暗かった。


 「だがな、現実はどうしようもないほどに腐ってたんだ。信じられるか?最も強き子に跡を継がせるためにそれ以外を葬り去る(・・・・・・・・・)って話」


 その言葉でカゲゾウはファウストの闇の根源を悟った。

 手段は分からぬが、目の前の男は父親に兄達を殺されたのだと。


 「これ聞いてもビクともしねえか。やっぱりお前つええよ(・・・・)。腕だけの奴ならここでビビって死んでる」


 ファウストの暗かった顔に笑みが浮かんだ。

 その色はいくら手練れのカゲゾウでも読み図ることは叶わなかった。

 それほどに幾つもの感情が絡まり合ってひしめいていた。


 「戦場で同情はしない」


 短くそう返した。

 その返事がツボに入ったのか、ファウストは笑った。


 「ハハハ、そりゃ正解だ。そんなもんはテメェの寿命縮めるだけだし、何よりテメェらに俺の苦しみが分かって堪るか」


 自分から己の苦しみを口にはするが、安い同情は受け付けない。

 そこには屈折したファウストの心の歪みが見えた。

 話し続けているが、ファウストの動きは落ちない、どころかキレは増し、その速さにも徐々に増している。

 これには彼のユニークスキルが深く関わっているのだが、カゲゾウにそれを測る術はない。

 それでも、何かしらのスキルの影響ではないかと察してはいた。


 「お前のその動き、何らかのスキルの影響か?」


 無駄だとは思いながらもカゲゾウは敵に問うた。

 この世界において人や他の生物が持つスキルを知る手段は鑑定系統のスキルか魔導具を用いるかしかない。そしてその情報は命と同等、場合によってはそれ以上に重いものである。


 「オイオイ、ダンマリのくせして、スキルの詮索か?」


 案の定非難めいた、と言うよりも呆れた返事だった。

 無碍にも跳ね返された、そう思った。


 「まぁ、お前ならいいか。俺はユニークスキル持ちだ。それもクソッタレな」


 その言葉にカゲゾウは動揺した。

 ユニークスキルとはそれほど稀有なものであるし、それを読み取ることの出来る者も多くはなかったからである。そして、それを堂々と口にする目の前の男の正気を疑わざるを得なかった。それが嘘にしろ本当にしろ。


 「それの効果はな、戦闘中に身体が勝手に強化されるってもんだ。詳しい内容は、秘密だ」


 厄介な、カゲゾウは素直に思った。

 恐らく敵の言っていることは事実だと判断した上での感想である。


 ユニークスキルとはその全貌が未だ明らかになっておらず、ただ、非常に効力の高いものであるという話くらいしか世間一般には伝わっていない。

 その裏ではそれだけで街一つを栄えさせたり、その逆に滅ぼしたりできるという尾ひれのついた噂が流れ、各国の重鎮たちや裏の組織の者達がユニークスキル持ちを水面下では探し続けている。


 カゲゾウは幸か不幸かユニークスキルを持ってはいない。

 しかし、彼の主は二つもそれを持っていると言う。

 それを本人の口から聞いた時は、軽々しく口にするその思慮の浅さに説教が熱くなったことを彼は未だに覚えている。


 「反応が薄いな」


 ファウストはカゲゾウの態度を不審に思ったようである。

 実際に衝撃の事実を聞いた割にカゲゾウの反応は薄いと言わざるを得なかった。


 「一々驚いていたら命が幾つあっても足りん」


 そう言って誤魔化したが、ファウストは今も尚、不審に思っている。

 鋭い男である。


 「まぁ、いい。そんな訳だから、殺すぞ?」


 「やれるものならやってみろ」


 孤独な鬼と忠義の男の剣が激しくぶつかり合う。




 先が読めぬ(作者迷いながらも走る

 この作品を投稿し始めて約一年になります。

 こんな迷作者と迷作品ですが、これからもどうぞよろしくおねげーしますだ(*- -)(*_ _)ペコリ

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