第87話
最近、暑くなってきましたね。
皆さん、水分補給はこまめにしましょう!
それでは、どうじょ(/・ω・)/
「守りを固めよ!寡兵に欲を出すな!その勢いにも負けるでない!」
若き王子の声が響く。
抑えてはいるもののその声には焦りの色が見られた。
ラスカルも王族とは言え、この戦いが初陣である。
いくら才を持とうと、この状況は彼にとって苦境以外の何物でもなかった。
リッデルの精鋭たちによる逆襲の刃は確実に彼を追い詰めていた。
「王子殿下の言う通りだ!数はこちらに分があるのだ!焦らずに対処しろ!」
そうは言うものの末端の兵士達からすれば迫る敵は正に鬼の群れである。
委縮するのは到底避けられなかった。
「そうだぞ!貴様ら、早く敵を討ち取らんか!」
更には、このように叫ぶお上の人がいるのだ。
どうやったって纏まるものも纏まらなくなる。
上に立つ者が人であればそれに従うのもまた人である。
誰が好き好んで高圧的で虚栄心の強い者の命に己の命を賭けられるというのか。
それだけではなく、この時点でラスカル王子を守る筈の者たちの軍の二、三が持ち場を離れているという異常事態が更に王子を苦しめた。
件の者たちは攻め上がる左軍の様子を耳にし、功を焦ったのか左軍の争いにしゃしゃり出ようとしたのである。
これが机上の軍略であったならば、駒を戻すことは容易である。
しかし、現実はそうはいかない。
欲に駆られた者たちは敵精鋭部隊による怒涛の猛攻を受け呆気なく突破されることとなった。
それはもう見事なやられっぷりで、王子は怒りのあまり髪を逆立て、眼光で部下を凍りつかせたのであった。
結果、シルフェウス左軍は敵の猛攻を防ぎきれなかった。
そして、その敵はシルフェウス軍の本隊に向けて襲い掛かるのみであった。
そんな折であった。
その窮地に一匹の獣が現れた。
その姿は凛としていた。
日の光を受けて黄金色に輝く毛並みは正に王者の風格で、多くの視線を浴びながらも決して怯むことはない。
宝石のように輝く額とその瞳に誰もが威圧される。
「ワォォォォーーーン!!」
一つ遠吠えをするとそこに人々の視線は釘付けとなる。
精霊狼
強く、美しく、気高い、わn、大狼が再び戦場に姿を現したのであった。
◇
「報告ッ!アドバンス男爵家のものと思われる精霊狼が突如姿を現しお味方を援護しております!」
その報せにラスカルは少しばかりの安堵を覚えた。
「そうか、兵にはそ奴を狙わぬよう徹底させろ。罷り間違っても攻撃などさせてはならんぞ!」
報告した兵士は肯定の返事をすると足早にその場を退いた。
「殿下、あの獣に敵を殲滅させましょうぞ!」
「そうですぞ、そして敵が弱った所を我らが!」
「所詮、獣なれば多少なりとも身代わりにはなりましょう!」
清々しいほどにクズであるが、戦術的に間違ってはいない。
が、生憎の彼にとっては途轍もなく悪印象である。
しかし、ここで怒鳴る暇も惜しい王子は一言。
「精霊狼は知にも優れていると聞くが、そんなことを大声で口にしても良いのか?」
一斉にその者達の顔色が青くなる。
精霊狼は知能が高く、身体機能も高い。
異種族である人と意思疎通を図ることも出来れば、遠く離れた生き物の音や匂いを知覚出来るほどに感覚も鋭敏で、戦闘能力も高いのだ。
実際、ラルフにも高貴な者達による先程の発言は届いている。
しかし、その本狼からすると興味の欠片も抱く価値のないことであり、全く以て無関心であった。
「ハハハ、そのようなこと・・・」
苦笑いを浮かべながらも頻りに精霊狼のいる方に何度も視線を送る高貴な者たち。
酷く滑稽であった。
その一方で件のラルフと言えば、
「ウー、ガウッ!」
敵兵を殺めるのではなく、行動不能にするよう苦心していた。
その理由は彼の主に原因があった。
それと言うのも
「ラルフ、出来ればお前には人を殺して欲しくないんだ」
という縛りを何処かの男爵家嫡男が口にしたからであった。
戦場においてその言葉はあまりにも綺麗事すぎた。
戦場では純粋に勝敗を決するのはどれだけ敵を殺したかに起因する。
この主の発言は一種の気狂いと取ることも容易なものなのだ。
しかし、それはアシュラードなりの気遣いでもあった。
もし、ラルフに敵の生死を問わずに暴れさせたならば、リッデル軍は相応の被害は免れないであろう。
しかし、そうなると、精霊狼と言う強大な一個の力には敵味方問わず畏怖や敵意の視線が飛ぶことになる。
青年はそれを酷く恐れたのである。
ラルフからすればそんなことは些細なことで、全く以てどうでもよいことある。
それでも、彼は愚直に主の言葉を守り続ける。
剣を向けられようと、魔法を飛ばされようと、敵を屠ることはなく、ひたすら動き続ける。
「チィィ、厄介だな」
「あくまでもこちらの動きを制限することが第一って感じだな」
精鋭揃いである鬼馬隊の面々ならば、この厄介な獣を殺すことも決して不可能ではない。
しかし、そのためにはこの目の前の獣が自分たちの命を本気で狙って来ることが大前提なのである。
それでも、幾らかの犠牲が伴うことはまず避けられない。それほどの相手なのだ。
にもかかわらず、その危険極まりない獣は決して危険を冒さずに自分たちの邪魔に入って来ることだけを徹底する慎重振り。
突貫という戦術を用いている彼らにとって、精霊狼にこれ以上時間を取られることは作戦の失敗を意味する。
じわじわと鬼馬隊の面々に焦りが生まれつつあった。
そして、徐々にシルフェウス軍も体勢を立て直しつつあった。
「主ら、精霊狼に全てを任せきりか!王国の者であるならば自らの力を以って故郷を守らずして如何すると言うのだ!」
そんな若き王子の激励も響く。
王子が視線をやると一匹の巨狼が尚も敵の周囲を駆け回っていた。
その体には何か所か切り傷らしき跡が出来ており、赤い血が流れてるのが窺えた。
いくら強き魔物と言えど動き続ければ息は上がり、疲れれば動きは鈍る。
動きのキレが少し落ちて来た狼を敵は少しずつではあるが捉え始めていた。
「精霊狼を援護せよ!彼の者を討ち取らせるようなことはあってはならん!」
この場においてラルフの存在がラスカル達の生命線であった。
もしも、精霊狼が討ち取られれば、若き王子の所まで敵が押し寄せて来ることは防げない。
それに、友人の大事な従魔である精霊狼を失わせたくはなかった。
(クソ、何とかしたいが手が回せん!)
彼の周りには近衛が控えている。
その強さは敵の騎兵にも劣らない筈である。
しかし、彼らの目的は王子を守ることであり、敵を討つことにない。
それにその数もたかが知れていた。
そして、近衛の更に外に布陣しながら、敵の猛攻に耐えているのが「王子の身の安全」のための一軍なのだが、これも正直な所余裕はない。
そんな事を考えている内に敵は確実に迫って来ていた。
「左軍は兎も角として、中央や右軍はどうした!遣いは出しているのだろう!」
「あちらも拮抗した状態であり、援護を出す余裕がないのではないかと」
そんな主従の遣り取りが何処からか耳に届く。
明らかに主の方の声は焦りが含まれていた。
因みにこの焦った声の主は左軍が折り返した由に声高に攻め上がることを唱えていた者らの内の一人であった。そしてその従者は頻りに主を諫めていたようにラスカルは記憶している。
(人目も憚らずに、愚かな。ん、ならば幼き日の頃の我は大愚物か)
場違いながらもそんなことを考える。
しかし、時は止まらない。
精霊狼が加わってから何とか立て直しに励んではいたものの、数だけの守り手と練度が高く、意気鷹揚な攻め手。
勝利の秤は後者に傾きつつあった。
(ならば、元愚物なりに足掻いて見せようぞ!)
そう思い若き王子が腰に差した剣を抜こうとした時であった。
「ちょぉぉぉっとまぁぁぁったこぉぉぉぉーる!」
これまた何とも間の抜けた声が耳に飛び込んで来た。
そちらを見ると小さな集団が巨狼の近くにいるのが分かった。
その精霊狼の側に一人の若者がいた。
「ラルフよく頑張ったね。ああ、こんなに傷が」
そんな若者に寄り添う巨狼の表情は心なしか柔らかく感じられた。
何を話しているのかは聞き取れなかったが、何となく王子にはそれが理解できた。
そしてその若者が振り返ると口を開いた。
「まぁ、戦いですからね。国を侵そうと、守ろうとしているんだから血が流れるのはしょうがないのかもしれません。人が大勢死ぬのもまた道理なのでしょう。私だって既に賊を手に掛けてますしね」
そこまで言うと若者は一旦言葉を止め息を大きく吸った。
次の瞬間
「それでも、我々の大事なものを侵そうと、踏み躙ろうと貴方がたが動くのなら」
その空は彼の髪色のように優しい色をしていた。
「こちらも手段は選びませんので、リッデルの皆さん、どうかご了承ください」
一礼して上げた顔は笑顔だったが、笑顔ではなかった。
その薄目から覗く瞳は明らかに怒っていた。
後に彼の部下の一人は以下のような言葉を家族に残している。
「ありゃあ、精霊狼様が傷付けられて頭に血が昇った勢いでやらかしたんだろうよ」
リュレイオールの誓い
アシュラード・アドバンスが初陣において敵を前にした際に述べたとされる口上。
それは後世に残り、今も尚歴史劇において民衆の人気を博しており、特に男児から若い男性の中にはそれを諳んじている者も少なくない。
しかし、その内実は「カッとなってやった」という衝動的犯行であり、当の本人は「忘れてくれぇぇ、いや、俺が忘れたいぃぃ」などと見悶えていたのは知られざる歴史の一幕と言えよう。
黒歴史が多くの人の記憶に残る・・・
これは死んでいようと憤死(二度目)待ったなし!(´;ω;`)ブワッ
拙者も黒歴史ノートの取り扱いには気を付けまする(;^ω^)




