第82話
遅れて御免ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ
それでは、どうじょ(/・ω・)/
「オイオイオイィィ、もうちっと骨のある奴はいねぇのかぁぁ?」
「ヒィィィ!」
「た、たすけてくれぇぇ!」
「ち、チクショウ!」
そんな声を残し、三人の兵士は一生を終えた。
ブンと風切り音を響かせ、筋骨隆々の男が獲物を構え直す。
それはあまりに単純で、あまりに武骨で、あまりに大きい太刀であった。
男の巨体と比べてもなんら遜色のないその大太刀から滴れる赤いそれが余計に見る者の恐怖を煽る。
男はくすんだ茶髪を短く刈り、その浅黒い肌には歴戦の傷が彩られていた。
赤ん坊が見ても気付いて泣き出す程に男はそう言ったことに慣れている特殊な雰囲気を持っていた。
「お、おい、身の程の大太刀に傷有りの巨躯の男って」
「ああ、間違いない。と言っても夢であって欲しいがな、アイツは”岩斬り”のグルッカスだ」
その兵士の声に周囲は騒然とする。
無理もない。普通ならこの場に居られる筈がない、その様な人物だからである。
「バカな!岩斬りグルッカスは指名手配を受けているんだぞ、何故そんな輩がこの場に居る!」
仲間の兵士の叫び通りグルッカスという男は犯罪者として官憲に追われる身である。
罪状は殺人、強盗、傷害などで、その件数も言い逃れが出来ない程に膨れ上がっている。
「そんなに不思議か?俺がここに居ることがよぉぉ?」
その本人と言えば敵の困惑と恐れに対し気分良くなっているのは一目瞭然であった。
ニタニタと笑いながら、愉快気に口を開き続ける。
「教えてやるよ、それはなぁぁ、勝つために呼ばれたに決まってんだろぉぉ?」
「なっ、リッデルは勝利の為に極悪非道な犯罪人までも利用したのか!」
「オイオイ、口は慎めよぉぉ?俺はこの戦いの間に限りリッデル王国の一兵士、戦いが終われば無罪放免の無実の民だぜ?」
その言葉に更にシルフェウスの兵士たちは動揺する。
つまり、敵国は犯罪者を野に放とうとしていると捉えられたからだ。
しかし、これは正しくはない。リッデルとしても有益な戦力である内はそれを利用し、用が済めば処分することを第一に考えていた。
無論、グルッカスも恩赦などという甘い言葉を根っから信じてなどいない。
戦いが終われば機を見て姿を眩ませる算段をしていた。
しかし、ここで疑問が生じる。
ならば、何故この男はこの戦いに参加したのか。
その答えは至極単純だった。
人を斬っても罪にならないから。
ただそれだけ。
いくら罪人と言えど、一兵士として参戦する以上、戦いで人を殺してもそれは罪に問われることはない。
これはどの兵士にも言えることである。
その為がだけに男は参戦を決めたのである。
正気の沙汰ではない。しかし、それは男にとって当然のことであった。
何故なら、男は既に狂人となっていたからである。
グルッカスは冒険者であったが、芽が出なかった。
実力がない訳ではなかった。
しかし、依頼は失敗することの方が多く、陰惨な気を常に持っていた。
ある時、男は罪を犯した。
依頼遂行中に誤って同僚を斬り殺してしまったのである。
口論の際にカッとなってしまったグルッカスは咄嗟に太刀を振るってしまったのである。
グルッカスは怯えた。
罪に対して、これから追われる身になることに対して。そして僅かにあった良心の呵責に。
物を食べている時も、眠っている間でさえも男の気が休まることはなかった。
その時はギルドに虚偽の報告をし事なきを得たが、彼の心内は恐怖に埋め尽くされていた。
そして二度目の罪を犯した時、男は胸の鼓動が早まるのを感じた。
それは緊張から来るものだったかもしれないし、息が上がっていたからかもしれない。何より彼は恐怖していた。
しかし、男はこの感覚を喜びだと錯覚した。
もしかすると、絡みつく苦しみから逃れようと自らを騙したのかもしれない。
しかし、その日はぐっすりと眠ることが出来た。
久し振りの深い眠りだった。
男はそれから罪を重ねるようになった。
罪の意識から逃れるため、そして新たな高揚を得るために。
こうして男は変容していった。
人を斬り、物を奪い、女を犯し、そういったことを繰り返すうちに男は悪人から狂人へと闇を深くしていったのである。
人が息をするのが当たり前のように、男にとって人を殺すのは当然のことであり、それに疑問を挟む余地など存在しないのである。
恐怖から逃れるために始めた筈が、何時の間にかそれが男の渇望へと形を変えていたのである。
そうして重ねた数々の悪行も全て隠し切れる筈はなく、グルッカスは冒険者から一転犯罪者となった。
しかし、ここから彼は悪の華を開いて行くことになる。
犯罪者となったグルッカスは裏に潜った。
裏とは脛に傷のある者から果ては大犯罪者までが声を大にして言えないような仕事をしていく世界のことである。
男は兎角、壊す仕事を引き受けた。
そして、幾つもの死線を潜り抜けていくうちに彼は”岩斬り”という二つ名を得る存在にまで成り上がって行ったのである。
「ククク、さぁさぁさぁさぁ、誰でもいいから掛かって来いよぉぉ!」
その叫びは最早人のものではなかった。
宛ら獣の咆哮と言った所か。
聞く者の心を恐怖一色に染め上げるそれは尋常ならざるものだった。
その一帯は一匹の獣に呑み込まれようとしていた。
「退き給え」
しかし、そんな空気を払い去るような響く声がした。
「ほう、いるじゃねぇか」
グルッカスの視線の先には一つの道が出来上がっていた。
そこから前に進んで来た人物は馬に乗り如何にもな身分の人物であった。
「貴様が岩斬りグルッカスか、なるほど、それなりではあるか」
「オイオイオイ、ちんたら出て来て最初の一言がそれか?お貴族様って奴は本当にのんびり屋さんだよ、なっ!」
突如、グルッカスが空いている方の手を振るう。
キィィィン!!
金属のぶつかり合う音がし、その音源には鞘から剣を引き抜いた優男がいた。
「流石、姑息な手を使う」
その表情は変わらず冷淡であった。
「へ、アンタもそれなりにはできるな」
グルッカスは投げかけられた言葉をそのまま返した。
もちろん、ワザとである。
「手を出すな」
男の背後に控えていた部下たちが一斉にグルッカスに襲い掛かろうとするが、その主はそれを止めた。
ざっ、と男が地に降り立つ。
「お前たちはこの場を押し上げろ、あの狼藉者は私が処罰する」
「はっ!」
その声と共に銀色の鎧を身に纏った一団が動き始める。
場の雰囲気呑まれていた両軍も気を取り戻し、戦いが再開される。
「俺を処罰ぅぅ?アンタ、正義の勇者サマかよ」
そう言って笑うグルッカスではあるが、構えに油断は見られない。
先程の投擲を難なく防いだその腕は確かであることは疑いようがないからである。
「いいや、私は正義だ」
その言葉と共に優男は走り出す。
目標はもちろんグルッカス。
「はっ、何言ってんだぁぁ?」
グルッカスも腰を落とし構えを深くする。
決して気を抜きはしない。
「野蛮な下郎には詮無きことだ」
貴族の男は走る。
やはりその表情、言葉に戦前の面影はない。
そして、
「死ねやぁぁぁ!」
先手に出たのはグルッカスだった。
そのまま不動の構えかと思いきや、突如前に出て相手との距離を詰める。
そして、自らの代名詞となった大太刀を横薙ぎに振るう。
その速さ、重さ、共に男が善良な一兵士、若しくは冒険者であったのならば、大きく称賛されたであろうものであった。
グルッカス自身も相手の虚を突き確実に仕留めに行った。
それほどの人物だと認めたのだ。
しかし、感触はなかった。
骨を砕き、肉を裂く、あの安らぎの感覚は得られなかった。
「その膂力と臆病さは認めよう」
声は上から降って来た。
影が掛かる。
「光栄に思うが良い」
それが最期の声だった。
巨体が膝から崩れ落ちる。
その顔は見事に両断されていた。
優男は血の付着をふるって落とし、鞘に戻す。
その仕草一つとっても嫌に様になる。
それを見ていた者の顔には喜びと恐怖のいずれかが濃く浮かび上がる。
「”岩斬り”グルッカス、このジェイン・アインバーストが討ち取った!」
高々と響くその声に周囲から次第に熱狂が渦巻き始め、片や悲鳴が聞こえ始める。
しかし、大物を討ち取ったこの場の殊勲者に喜びの様子は見られない。
「愛しき、そして憎き子よ。何処へ行った。姿を見せろ」
振り上げた腕とは対照的に俯いた顔は悪鬼をも超える悍ましいものとなっていた。
まだ、誰も知らない。
彼が狂人であることを。
「へっ、へっ、へっくしょん!ぶえっくしょい!!う~、二回か~誰か悪い噂でもしてるのかなぁ」
道を急ぐ少年がポツリとそう呟いた。
岩斬りグルッカス
元冒険者(除籍)
手配ランクB
大太刀を武器に単純な力押しの戦闘を得意とするが、投擲、罠、なども使う厄介な手練れ。
二つ名の”岩斬り”は相手毎、後ろにあった岩を斬ったことから付けられたとされている。
確かな実力とその臆病とも言える慎重さから対する際には十分注意すべし。
出オチのグルッカスさんお疲れ様です。
そして皆さん忘れていたであろう熱烈子爵が登場であります。
初登場時と違う印象に見えますが、これも彼の一部になります。




