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第81話

 それでは、どうじょ(/・ω・)/




 「右翼が敵の猛攻を受けております。ガダルハーン将軍如何します?」


 伝令からの報告にファウストは考える仕草を崩さない。

 そこには動揺や焦燥も見られない。

 この揺るがない姿こそ部下たちが彼に信頼を置く理由の一つであった。


 「保たせろ」


 出てきた言葉は一言。

 しかし、その言葉は絶対でもある。

 伝令兵は口をきつく締め、唾を飲み込んでから返事をする。


 「かしこまりました」


 そう言って伝令兵はその場を後にする。

 

 「良いのですか?何か策でも携えさせれでもすれば」


 部下の一人がそう尋ねるが、ファウストの意は変わることはなかった。


 「俺の指示通り動けるのならそれでも良いのだがな。下手に弄るよりも、単純且つ絶対の指示を出した方が確実だろうよ」


 「出過ぎたことを申しました」


 気にするなと手を振って答えるファウスト。

 そのタイミングで副官のリストが尋ねる。


 「精霊狼を擁する敵部隊については如何するのです?」


 一匹で戦況を覆すことも出来なくはない敵戦力についての対処を怠ってはならないという至極真っ当な考えからの尋問であった。


 「それについては問題ない。倒せずとも疲弊させさえすれば、いくら強い魔物と言えどその猛威も何れ止まる。例え止まらずとも、お前たちが仕留めるだろう?」


 違うか?と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる将軍に部下たちは「お任せあれ」と臣下の構えを取る。

 

 (それに、帝国の奴らが手ぐすねを引いているだろうしな)


 ファウストの余裕の理由の一つがこの帝国の密かな支援を知っていたからでもあった。

 しかし、どの師団からの支援かはリッデル側は誰も知らない。将軍であるファウスト、更には国王であるリッデル国王でさえも。


 (恐らくは隠密性に長けた者たちなのだろうが、精々頑張ってもらおうではないか)


 十二師団の力は人伝ながらもファウストも耳にはしていた。

 師団に所属する平兵士一人が各国の近衛クラスの腕前を持ち、その幹部、更にはトップである団長は人外とも呼べる力や能力をそれぞれ保持しているという噂を。


 ファウストも安易にその噂を信じている訳ではなかったが、その大迎な物言い全て虚飾ではないことは予想がついた。大国の顔とも言える者たちの実力が生易しい訳がないことは考えなくとも理解できるだろう。


 (シルフェウスも哀れな、いや、ここで勝てねば我が方も後がない。お互い様か)


 その帝国の者達の存在が既に敵に知れたことをファウストが分かる筈がなかった。

 しかも、気付かれたのがよりにもよってその精霊狼のいた部隊であったなど言うまでもなく知る由はなかった。



 □■□■




 木々の合間を幾つもの黒い影が縫って行く。

 黒い影たちは何も喋らず、ただただ進んで行く。

 

 とある場所まで来た時、先頭にいた者の動きが止まる。

 続く者達は即座に身を屈め周囲を警戒する。


 その場だけ、まるで天変地異が起こったのかと思われるほど荒れに荒れていた。

 木に木が突き刺さり、将又根が空を向き、果てには地面と平行に埋まっているものまである始末だった。

 そしてその所々に矢が残されており、その場で何が起こったのか、容易に見る者に想像させた。


 先頭の者が後ろを向かないまま手の動きで状況を伝える。

 すると後ろにいたうちの二人が前に出た。


 「これはまた・・・」

 「大胆にやりおったのう」


 黒装束の者たちは警戒を緩めることなく、その場を改めていく。

 そして、見つけた。


 「ツチクレ、よくやった。シュンケイは無事に役目を果たしたぞ」


 あったのは一人の亡骸。

 見知った男の顔だった。


 「安らかに笑いおって」


 老人の声は珍しく幾つもの感情が綯い交ぜになったものであった。

 

 「仕掛けがないか確認します。翁はお下がりください」


 敵の死体への工作は罠としてよく使われる手段の一つでもあった。

 壮年の男が近寄り、検分を行う。

 

 「大丈夫です」


 そして、亡骸から髪を一房切り取る。

 

 「遺体はどうしましょうか?」


 「こやつには悪いがもう時間を費やすことは出来ん。このまま移動を再開するぞ」


 「了解」


 そして彼らは再び移動をし始めた。

 その速さは先程より数段落ちる。

 それでも十分な速さではあった。


 「翁、やはり敵はまだいるのでしょうか?」


 この集団の中で比較的都市の若い者がダンジョウに尋ねた。


 「敵がどのような者か知らぬ故、憶測になるが、まぁ、居はするじゃろうのう」


 「その理由を窺っても?」


 「帝国の目的はバロンズの気を引く事じゃ。ならばシルフェウスに勝たれるのは余り嬉しくなかろう。かと言ってリッデルに完全な勝利をされても困るんじゃよ」


 「・・・戦況を帝国の都合の良いように操作することが此度の最大の目的であるということですか」


 「うむ、リッデルにシルフェウスを呑み込まれては今は良くとも後々潰すのに手古摺る羽目になるからのう、理想はリッデル有利の状態で講和を結ばせる、辺りかのう」


 ダンジョウの予想通り、今回の帝国の目的はバロンズの後方に脅威を生み出すことだった。

 しかし、形としてはリッデルによる侵略を目的としたものだった為表立って動くことは出来ないので、少数の超精鋭が送り込まれることになった訳である。


 「皇国はそれを分かって」


 「いるじゃろうのう。その上でふるいにかけておるのじゃろうよ。単独でリッデルを凌ぎ、シルフェウスという国が自国の友好国に相応しいかどうかを、の。ふぉっふぉっふぉ」


 決して笑える話ではないのだが、ダンジョウは笑う。

 とても愉快だ、と言わんばかりに。


 「ふるいから落ちたならば」


 ごくりと唾を飲み込む音が確かに聞こえた。


 「助太刀を理由に喜び勇んで踏み込んで来るだろうよ。大国というのが虚栄でないならば、の」


 老人がお茶目に笑うが誰も笑い返すことはない。

 否、笑えないのである。


 「それでも、征服欲丸出しの隣の愚王よりは真面じゃろうからのう。精々、属国程度の扱いで済みはするだろうがのう、しかし、そうなると人員の整理がある。アドバンス家がそのまま残るとは到底思えん。だから、我々はこの戦いには勝つしかないのじゃよ」


 「負ければリッデルに奪われるでしょうし、正に背水の陣ですな」


 「ハイスイのジン?なんじゃっそれは?」


 様々な知識を身に着けているダンジョウでも知らない言葉が部下の口より流れて来た。


 「アシュラード様が仰っておられたのですが、前よりは敵が押し寄せ、後方には大河が流れ退くことも出来ず、敵を打ち破るしかない状況の事を申すのだそうです」


 「ほう、背後には水、で背水か。面白い言葉よのう、ふぉっふぉっふぉ」


 「はい、誠にあの方は不思議な言葉を知っておられます。私は質実剛健という言葉を気に入っております。意味は真面目で強くあること、だそうです」


 「堅物のお主にはピッタリの言葉じゃのう」


 其処彼処からクスクスと小さな笑いが生まれる。


 「翁にも似合いの言葉を聞いておりますが、お聞かせしましょうか?」


 「ほう、それは興味深いのう」


 「能ある者はただ飯を喰らう、だそうです」


 「プッ」「ククク」と先程より多くの笑い声が上がる。

 しかし、老人の顔は不満気だ。 


 「なんと、御家の為に忠義を尽くす老人になんと酷いことを言うか。これは戻ったら仕置きじゃのう」


 本人の知らぬ所で理不尽な仕返しが決定された瞬間だった。


 「さて、そろそろ気を引き締め直すかのう」


 「そうですね。そろそろ見敵してもおかしくはないでしょうしね」


 『了解』


 黒い影が本格的に動き始める。

 敵との迎合はすぐそこまで迫っていた。




 


 ほんと、いかんですね。

 どうにかしたいのですが、どうにもならない罠。

 

 読んで下さる方には申し訳ないのですが気長にお付き合いください。

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