第72話
が、頑張った(ヽ''ω`)
それでは、どうじょ(/・ω・)/
リュレイオール平原
先のシルフェウス、リッデル、約150年前、両王国の大戦において両軍が激突した土地として有名である。
ここで数多の兵が命を落とし、戦後、緑豊かだった彼の地は人の血で赤黒く染まっていたとの逸話も残る。
現在ではその面影は見られないが、又してもこの地が血に塗れる時は確実に迫っていた。
「やっとだ。遂にこの時が」
男は喜びに満ちていた、いや、酔っていたと言っても良い。
短く整えられた金髪に鋭い目つき。頬に付けられた切り傷は彼が戦いの場に身を置いていたことを嫌でも匂わせた。そんな男の様子に気付いた部下が尋ねる。
「将軍、如何されましたか?」
男は部下に嬉々として語り掛ける。
「あぁ、先の大戦以来のどデカい殺し合いに震えが、な?」
「そうですか?」
目の前の上司が発する雰囲気と言葉にズレを感じたが、部下の男はそれ以上詰問する事はしなかった。
そんな部下の気遣いに男は少し話をしてみる気になった。
「お前は俺がガダルハーン家の出だって教えたよな?」
「ええ、あの武名高きガダルハーン家と聞いて最初は足がすくんだものです」
それを聞いた男はハハハ、と顔を上げて一笑した。
部下の言葉が可笑しいらしい。
「そうか?俺は最初出会った時、お前の挑発的な目に小便をちびり掛けたぞ」
おどける男に今度は部下が笑みを見せる。
その顔には赤みが差しており、照れていることが窺えた。
話を戻そうと部下は被せるように聞き返す。
「まぁ、その話は後にしましょう。それで、将軍の生家であるガダルハーン家がどうしたのです?」
「なに、先の大戦でご先祖様がこっぴどくやられたからその恥辱を雪がねばならんということだ」
男の言葉に部下は頭を傾げる。
「その様な事初耳ですが」
部下が言うように当時のガダルハーン家当主は先の戦争において多くの敵を屠り、敵からは【戦鬼】と恐れられ、身内からは【王国の武】と讃えられ、その活躍は現在でも語り継がれている。
部下もそのような話は全くの初耳であった。
「当り前だ、代々偉大なるガダルハーン家がひた隠しにして来たのだからな!」
はっきりとその言葉には男の実家に対する嫌悪が見て取れた。
そしてその瞬間、部下は気付かなかったが、僅かに何処となく気味の悪い光が男の目の奥に一瞬灯った。
「将軍、そのようなことはあまり大声で言うものではございませんよ」
「ふん、俺だって偶には毒ぐらい吐きたくなるさ」
ぐるぐると肩を回しながら男はいじけたような顔をする。
その顔には既に狂気はなかった。
部下の男は高貴な家にも色々とあるのだろう、程度に認識してから、話題を別のものに変える。
「そう言えば、将軍は独身でしたよね。良い人はいないのですか?」
些か強引にも思える話題転換だが、男はそんな部下のいつもながらの気遣いを好ましく思った。
「ハッ、お前も分かってるだろ?俺は女好きだ。イイ女を見れば口説くし、大抵の場合はそのまま抱ける。それを何で態々絞らなきゃならんのだ」
「でも、将軍なら奥方を何人でも囲えるのでは?」
部下の男はふと湧いた疑問を問う。
将軍は一つ溜息をついてから答える。
「ハァ、俺が数人の女に縛られて良い筈ないだろう?」
至極身勝手な暴論。
しかし、それが許される危険な魅力が確かに男から滲み出ていた。
「そうですね」
端的に一言、部下の男は上司のどうしようもない女性への節操のなさに匙を投げた。
「お前はどうなんだ?確か、付き合ってるとか言ってる娘いなかったか?」
男は以前部下から聞いていた異性の存在を思い出す。
「ええ、実は先日結婚の申し出を受け入れてくれまして」
部下の男は照れながらも嬉しそうに上司に報告する。
その時だけは戦争のことを忘れ、当時のことに思いを馳せながら、心の底から喜びを噛みしめていた。
「そうか、それじゃあもう夜遊びは出来んな」
そんな部下を優しく見守る男の目は親のそれであった。
「ええ、将軍は独り寂しく遊んで下さい」
そんな部下の言葉に男は大きく笑う。
「ハハハ、良いのか?頼まれてももう連れて行かんぞ?」
「構いませんよ、私には愛妻がいますからね」
「それじゃあ、生きて帰らねばな?」
「ええ、そうですね」
「安心しろ。お前が死んだらその嫁さん俺が貰ってやる」
「いくら将軍と言えど、それは許しませんよ?」
「冗談だ、許せ」
そう言うと男は前を向く。
進み行く先はリュレイオール。
凡そ150年前、祖先が敗れ、祖国が退かざるを得なかった忌まわしき土地。
しかし、男の中に渦巻くのは岩を溶かすほどの猛烈な熱だった。
それは喜びであったかもしれないし、もしかすると憎しみであったかもしれない。
それらの感情が何に向けられていたのかは当然本人しか知り得ることはない。
(やっと、俺は俺になれる。もう誰にも邪魔はさせん。シルフェウスよ、悪いが俺の為の贄となってもらうぞ)
それが何に対する渇望であったのか定かではない。
しかし、男──ファウスト・ガダルハーンの中には修羅がいた。
□■□■
「リッデルがシルフェウスを攻めるとな?」
「はっ、報告によると着々と準備が進められているとのことです」
報告を受ける男は褐色の肌を持ち全体的に白い装束に身を包んでいた。
とは言っても所々から見える肌とその端正な顔立ちは見る者の性別を問わず魅了する魔性の色があった。
「この折りで、か・・・繋がっておるな」
「まず間違いなく」
二人の人物は同じ国のことを思い浮かべていた。
「エンガードめ、忌々しい」
「”獅子”と”蠍”を投入して来たのもこのためでしょうな」
褐色の麗人は眉を顰めるが、それすらも一種の芸術に人の目には映るだろう。
それほどこの男は美しかった。
「向かわせたのは”潰”だったか」
「ええ、十二師二人を同時に相手取れるのは彼の方ぐらいのものでしょう」
「教国の方からは誰が出ておったかの?」
「第三席と第五席です。何れも協調性はある方と聞いております」
ならば杞憂か、と美男はグラスに注がれた飲み物を口にする。
そして思い出したばかりにとある国の名を出す。
「セブレイズの弱腰どもはまだ無駄に重たい腰を上げぬか?」
「皇太子様、流石にそれは・・・」
部下は諫めようとするが、当の本人は至って真面目だ。
「自衛の法、あとはそう、センシュ防衛だったか?愚かさも度を超すと呆れが出るのだな」
諸外国への征服欲を隠さない帝国に対し、尚もはっきりとした敵対の姿勢を見せない連合国家を痛烈に批判する皇国の王子。
「仕方ありません。あの国の政治形態は他の国々とは異なります」
「そんなもの自国の危機を正確に理解できていれば関係あるまいよ。つまり、彼の国の支配者たちは揃いも揃って愚か者どもということよ。違うか?」
美男の言う事は尤もであり、部下の者も黙るしかない。
「まぁ、七勇などと名ばかりの者どもが居ても邪魔なだけか」
口角を上げた顔は美しくも何者も寄せ付けない冷たさがあった。
美男の部下は自分が仕える者の機嫌を平常に戻す為に話題を元々のものに修正するという苦労を甘んじて受け入れた。
「それで話を戻しますが、シルフェウスには自力で退けてもらわねばなりませんね」
「それぐらいはやってもらわんとな。仮にも国を名乗るのだからな」
何かある毎にこちらに頼られても困るわ、と皇太子という人物は胸の内を零す。
「しかし、今のシルフェウスでリッデルを退けられるでしょうか?」
となると求められるのはシルフェウスが自力で防衛するための力だが、尋ねる女性は彼の国にその力があるのか甚だ懐疑的であった。
王を顧みず、臣下である貴族たちがさらなる力を求めて派閥争いをしている様子は隣の大国にも当然伝わっていた。
「やれるかどうかではない。やってもらわねばならぬ」
当然だろう、と褐色の美男は笑う。
「では、何かしらの手は打たれるのですか?」
「いんや、我が父はその様なことは一切、いや、この事態におけるシルフェウスへの不可侵ぐらいは表明するだろうが、あったとしてもそれぐらいであろうな。我も特には何もせんぞ、心配か?」
それを聞いた女性は益々不安を感じたが、仕える主がそう決めた以上それについては何も言うまいと首を横に振り口を閉じた。
「フフフ、この間教国の騎士が来たであろう、覚えているか?」
突然の話題転換だが、女性にとっては慣れたものらしく、すぐに返事をした。
「第八席と第九席でしたね」
「そうじゃ、その時ちっこい方から面白い話を聞いたのだ」
女性は当時のことを思い返していた。
やたらと尊大な面が目に付いた第八席ペジュミアン卿。
皇太子とは趣の違った美男子で、人懐っこく、食べることに尋常じゃない執念を燃やし、宮廷料理人を過労でノックアウトした第九席ベルフェル卿。
教国からシルフェウス王国に向かうには皇国を通るのが手っ取り早く、あの二人の人物もそうだったと女性は思い出す。
「ベルフェル卿ですね。何をお聞きになったのです?」
「そう、ベルフェル卿だったな。彼の者はシルフェウスに面白い者がおると言っておった。歳は1つ2つしか変わらず、しかし、その実力は自らと比肩する、とな」
「”天子”と肩を並べるような逸材がシルフェウスに?」
しかし、甚だ信じ難い様子の女性。
それも仕方のない話であった。
事実、九天騎士第九席リック・ベルフェルは同世代の中でずば抜けた存在で、それこそ年を経て経験を積めば、大陸で五指に入るのは確実と言われるほどの逸材であった。
そんな彼に比肩する才能が隣の国にいるとは彼女はこれっぽっちも噂に聞いた事がなかった。
「我もその時は冗談として流したが、後で彼らの行った先を調べさせたら、強ち冗談でもなさそうでな」
「と、言いますと?」
「主もシルフェウスとリッデルの先の交流戦については知っておろう」
「はい、確かシルフェウスが勝ったと耳にしておりますが、それが?」
美男はクククと笑う。
どうやら自分が笑われているらしいことに女性は内心ムッとするがそれを表に出しはしない。
「主が見落とすとは、面白いこともあったものだ」
遂には抑えきれず「はっはっは」と声を出して笑い始める男に女性の方は良い気がしない。
表に現れない彼女の表情が逆に彼女の心情を表していた。
美男はそれに気付き尚も嗜虐的な笑みを浮かべる
「結果を知っておるということはその内容も入っておる筈だな、教国の騎士たちが向かった目的地と合わせて考えてみよ」
不満ながらも、主の言いつけ通り女性は思考する。
そして、すぐに思い当たる。
「確か、アドバンス男爵家、でしたか」
それを聞き男は嬉しそうな顔をする。
この美男は優秀な者が好きなのだ。
部下の女性の即答ぶりは十分それに値した。
「そう、そこの嫡男だ。魔法の腕もあり、更には精霊狼を従えているらしいぞ」
「確かにその報告は受けておりました。申し訳御座いません」
諜報のプロとして雇い主にしっかりと謝罪する。
本来ならばそれだけでは済まない。
しかし、彼女の雇い主は変わり者だった。
「よいよい、おかげで面白いものが見れたしな。その男爵家には裏の集団が仕えておるそうだし、鈍っておるそちを鍛え直してもらうか?」
意地の悪い笑みを浮かべる美男はとても楽しそうだった。
「申し訳御座いません」
女性は只々首を垂れる。
「許す。それでだ。もし、本当にその男爵家の嫡子がベルフェル卿の言う通りの存在ならば」
「シルフェウスにもまだ目はあるということですか」
部下に台詞を奪われるが、美男はとても嬉しそうに笑う
「お主、我の台詞を持って行くとは不敬ぞ?」
全く以て言葉と表情が一致していない。
部下の女性もクスリと笑う。
「失礼致しました、どうかお許しを」
全く謝意も敬意もない謝罪だったが、やはり美男の機嫌を悪くすることはなかった。
「よいよい。例えその様な者が本当に居たとして、その者一人でどうにかなるほど国の争いは簡単ではなかろうよ。それに例えシルフェウスが敗れようとリッデル如きバロンズの敵ではない」
机に飾られた果実を一粒取って頬張り、ゴクリと嚥下する。
その所作一つとっても画になるのだからやはりこの男の美しさは相当なものである。
何処かの男爵嫡男が見ていたらきっと「神はやっぱり不平等だ!」と叫んだだろう。
「さて、神はどちらに微笑むのか、見物であるな」
そう言って豪胆に笑う男はやはり美しかった。
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「ぶえええっっくしゅん!」
戦場へ向かう道すがらとある少年が大きなくしゃみを放った。
「どうしたんです、坊ちゃん。風邪でも引きましたかい?」
「へっ、へっ、へっくしゅん!くしゅん!くしゅん!」
「こりゃスゲェや。本当にどうしたんで?」
「グズン、いやあ、もしかしたら何処かの綺麗な女性が僕のことを噂してるのかもしれないね」
「ん?何で噂なんすか?」
「え、えーっと、そう!何かの本で読んだんだけど、くしゃみをすると誰かがその人のことを噂してるっていう言い伝えがとある地域ではあるらしいよ」
勿論こじつけである。
「そーなんすか。でも何で綺麗なねーちゃんなんすか?坊ちゃんにそんな知り合いいねーでしょうよ」
「失敬だね、マックス君。僕にだって綺麗な異性の知り合いぐらい・・・知り合いぐらい・・・・・・ぐらい」
少年は自ら墓穴を掘ってしまった。
そしてその穴に自ら顔を突っ込んでいくのである。
「あー、悪かった坊ちゃん」
「謝るなよ、余計惨めになる」
一団にドッと笑いが生まれる。
雲一つない晴天だったが、少年の恋路は当分晴れそうになかった。
色々と出て来ましたね。
それによって作者の頭も混乱しております(;^ω^)
最後の掛け合いはノリをいつもの軽い感じに戻したかったので突っ込みました。
それによって主人公がアレなのはご愛嬌というやつです(`・ω・´)キリッ
ブーストが切れましたので次話は少しお待ち下さい。
でゅわ!




