閑話 恩義
安定の短さです。
閑話です。
ご注意下さい。
私は自分の親の顔を知りません。
物心ついた時からネイガードさんの商館で奴隷として生活していました。
それが私にとっての日常でした。
商館の主のネイガードさんは厳しくて優しい人でした。
奴隷の皆に文字や一般常識、貴族に対してのマナー等を厳しく叩き込んでいました。
それに愚痴を言う人もいましたが、ほとんどの人がネイガードさんに感謝していました。
そして私はこの人みたいになりたいと漠然と思っていました。
5歳になってすぐ、私は買われることになりました。
買い手はなんと、私より年下の男の子でした。
そんな男の子の名前はアシュラードと言って貴族の子と言う事でした。
私は買われてすぐに奴隷から解放されました。
とても、吃驚しました。そして、これから一体どうなるんだろうと少し不安になりました。
私とその他の4人は彼に連れられて宿に向かいました。
宿に着くとこべつめんだん?が始まりました。
男の子は私に言いました。
「アリサ、君にはうちのメイドとして働いてもらいたいんだ。」
私は「メイドって何ですか?」と聞きました。
すると彼は少し考えてからこう言いました。
「主を助けるお仕事かな?」
私はこれだ!と思いました。
そして何故かこんな事を言ってしまいました。
「それはネイガードさんのことも助けられますか?」
彼は私の言葉にとても吃驚したようでした。
今考えれば当然ですね。買った自分よりも売ったネイガードさんのことを重要視しているのが丸分かりですもんね。多分、彼──アシュラード様でなければ私は殺されても仕方なかったでしょう。そもそもそのような貴族が私に質問すること自体ないと思いますが。
それから急にアシュラード様は笑い始めました。
何と言うか心の底から笑っているように思えました。
笑い終わると、
「いや~、やっぱり当たりだ。アリサ、僕は君のことがとても気に入ったよ。」と仰りました。
当時の私は何が何やら分かりませんでした。
そしてアシュラード様は言葉を続けます。
「そうだねー。もしよければ、成人するまでうちの領地で修業するかい?それで成人したらネイガードさんの下に君を送ろう。」
どうだい?と仰るアシュラード様の目はとても冗談を言っているようには見えませんでした。
恥ずかしながら当時の私は、それに飛びつきました。
「お願いします!!」と気付けば頭を下げていました。
そんな私の元に来てアシュラード様は頭を撫でてくれました。
私の方が年上の筈なのに何だか大きな樹に守られているようなそんな優しさと雄大さを感じたのを今でも鮮明に覚えています。
その王都からの帰路で盗賊に襲われましたが、見事アシュラード様は自身の魔法で撃退なされました。
私は初めて見る魔法にかなりはしゃいでいました。
今思い返すと少し恥ずかしいですね。
それから私はアドバンス家の侍女見習いとして働き始めました。
奥様は事ある毎に声を掛けて下さり、お菓子も下さいます。
ミッシェル様は仕事に対して大変厳しい方ですが、しっかり指導して下さるので私の目標です。
エリー先輩は元気な人で、いつもミッシェル様に注意されているのですが、先輩がいるところには笑いが絶えません。
こんな恵まれた環境でメイドとして修業させてもらい、更に勉強まで面倒を見てもらっています。
最初、私はこの待遇を受けた時、少し怖くなりました。
こんなに私のことを大事にしてくれる方々と私は縁を切ることになるのがとてつもない裏切りの様で、一度アシュラード様に尋ねました。
するとアシュラード様は優しい顔をしてゆっくりこう言いました。
「アリサ、君は僕達の機嫌を良くする為に修業しているのかい?違うでしょ?僕は最初に言ったよね。君のことを気に入ったと。そんな君の目標はネイガードさんを支えることだ。それを僕らに対して後ろめたいから諦めるってなったら、それこそ君に期待してる僕らに対する裏切り以外の何物でもないんだよ。それに君がネイガードさんの所へ戻ったって手紙で連絡も取れるし、僕らも王都に行けば会うことはできる。もう、君と僕らの縁は繋がってるんだ。切る事なんて不可能だし嫌だとも言わせないよ?」
思えばここから私は少し変わったような気がします。
例えば、ただ丁寧にお茶を淹れるのではなく、淹れる相手の好みを考えたり推察するといったように色々と考えて仕事に臨むようになりました。
おかげで、メイドとしての腕もかなり上がって来ているのを実感しています。
同じ奴隷だったヘレーヌさんと偶に反省会を開いたりして2人で頑張っています。
ヘレーヌさんの息子のラムト君とも仲良くなりました。
今では姉と弟に間違われるぐらいです。
アシュラード様は相変わらず、周囲の人達と楽しそうに過ごされています。
マリウスさんはアシュラード様に話を振られると少しだけ嬉しそうに返事をしているのを見ました。
ご本人はお気づきになられていないようですが、普段アシュラード様に素っ気ない態度のキルト君も何だかんだアシュラード様の事を主と認めている節があります。
2人とも商館に居た頃とは全く違います。
これもアシュラード様の不思議なパワーによるものなのでしょうか?
やっぱりアシュラード様は凄い方です。
私は、たくさんの人達に返し切れない程素晴らしいものを頂きました。
その恩義を決して忘れることなくこれからも「メイド道」を邁進していこうと思います。
はい、アリサでした。
歳の割にかなり理知的な話し方ですが、そこは彼女の努力によるものです。
基本的に主人公の周りの人達は主人公を高評価してます。
本人は気付いていません。
気付いていても「何故に?」って感じです。




