第20話
〇 ウィズル伯爵邸応接室 アドバンス男爵 〇
連れられて来た応接室には既に、ウィズル伯爵、義兄殿が待っていらした。
伯爵は満面の笑みを浮かべ、それとは逆に義兄殿はどちらかと言うと顰め面であまり機嫌が良いようには見えない。
「お待たせしました。伯爵殿、子爵殿。」
「いえいえ、今日はよく来てくださった。この日を今か今かと待っていましたぞ。」
歯の浮くような社交辞令だなぁ。
背中が痒くなって来たよ。
義兄殿とは互いに会釈だけで済ませる。
そして席に着く。
「それでは一先ずお茶でも淹れましょう。」
そう言って伯爵は召使に指示を出す。
お茶が全員に淹れ終ると召使は退出する。
この部屋にいるのは3人とそれぞれのお付きの者合わせて6人となった。
義兄殿には当然マフモフ殿──先生が付き添っているかと思っていたが、違った。若い男性だが既視感があるのは気のせいだろうか?
そんなことを考えていると、伯爵が話し掛けて来る。
「男爵殿、もう領地の方は落ち着きましたのかな?」
「そうですね、一番忙しかった時に比べたらかなり落ち着きましたね。」
それでも大分忙しいけどね。
「ほほう。羨ましい限りですな。正に嬉しい悲鳴といった感じですかな?」
はははと笑っておく。
それからも伯爵は喋り続ける。その内容と言えば、世間話やうちを称賛するようなことばかり。
そしてちょくちょく威圧的と言うか多分こっちが素なんだろうな。
一体何時になったら、話し合いが始まるんだろう?
そう思っていると、今迄像のように無言だった義兄殿が沈黙を破り声を上げた。
「伯爵、そろそろ本題に入りませんか?」
口調は丁寧だけど、何か凄く怖い。
あ、これマリーが本気で怒った時と同じだ。声から、呆れとか怒りの感情がなくなって只々、言葉を発するだけになるんだ。とんでもなく怖いんだよなぁ。
やっぱり、兄妹なんだなぁ、そっくりだ。
「うむ、そうですな。」
伯爵は一旦紅茶を啜り、一呼吸置いて座り直す。
「それでは、単刀直入にお願いしたい。アドバンス男爵、ゲイン子爵よ、我がウィズル伯爵家と是非誼みを結んで欲しいのだ。」
うわぁほんとにいきなり来たなぁ。
「我々が組めば間違いなく国内の第3の派閥として名乗りを上げることは容易だ。どうだろうか。」
アッシュから事前に聞いてたけど、本当に自分の欲に忠実な人なんだな。
と言うかカゲゾウ達はどうやってこういう情報を集めてるんだろう?
あ、セキの視線を感じる。役目果たさなきゃ!
「えーっと、その前に伯爵に見てもらいたいものがあるのです。よろしいですか?」
「見せたいものですか・・まぁ、良いでしょう。」
許可も出たので早速書類の塊を手渡す、そしてセキもこっそり子爵に書類らしきものを差し出してる。
「それでですね、それについての説明はうちのセキに説明させたいのですが、これもよろしいですか?」
アッシュの伯爵注意事項その2、「爵位を持つ者以外の発言は確認を取ってから」を思い出し確認を取る。
「勿論構いませんぞ。」
「ありがとうございます。では、よろしく頼むよ。セキ。」
「はい、皆様私セキと申します。それではご説明させて頂きます。」
セキの声は穏やかなのだが不思議と室内に響く。
そんなセキの声は流水の如くスラスラと耳に届く。
「では封書の中身をご覧下さい。」
場の空気が一瞬にして変わったのを感じた。
セキ!頼むよ!
僕何もできないからね?
ホント頼むからね?
〇 応接室 ウィズル伯爵 〇
何だこれは?
理解が追い付かなかった。
いや、追い付くのを拒否したというのが正しいか。
取り出した紙に書かれていたのは数字の羅列。
だが、それはただの数字ではない。
有り得ない。何故こんなものが・・・
「こ、これは一体何なのですかな?」
「それはこの場にいる誰よりも伯爵様がご存じでは?」
セキと言う男はにこやかに質問を質問で返してくる。その言葉に温かみは一切ない。
「何のことか良くわかりませんなぁ。」
今度は上手く動揺を抑えられた。
兎に角何とかして言い逃れなければ。
「そうですか。では、子爵様は何か御座いますか?」
ゲイン子爵の方を向くと何かに驚愕しているようだった。
その子爵が尋ねる。
「これは・・・・まさか」
嫌な予感がする。
だがその予感は現実のものとなってしまう。
「はい、子爵様にお渡しした資料は子爵領に対して行われた物流抑制等、裏工作の証拠になります。伯爵の方にもそれらの資料がありますのでご参考にどうぞ。」
信じられなかった。
もしそれが本当なら私は終わる。
裏金程度ならどうとでもなった。しかし、他領への妨害工作となると話は別だ。
最悪お家断絶も有り得る。少なくとも私の処刑は免れない筈だ。
急いで確認するが、儚い希望は完全に打ち砕かれる結果となった。
マズイマズイマズイマズイ
頭の中はぐちゃぐちゃで何も考えられない。
「伯爵様、申し訳ありませんが今回の会談はここまでとさせて頂きたく。我々よりも話すべき方もいらっしゃることですし。」
そう言って男はゲイン子爵の方に視線をやる。
私は何も言えなかった。
男爵達は退出し、子爵との話し合いになった。
子爵は2つのことを条件に今回の事は水に流すと言って来た。
1つは子爵と男爵への工作行為、又はそれに準ずる行為の禁止。これには取り込みも含まれる。
もう1つは今回の件で被った被害への補填。
私は頷くことしかできず今回の会談は失敗に終わり、黄金色に輝いていた未来も儚く水泡に帰すこととなった。
〇 ウィズル伯爵邸客室 ゲイン子爵 〇
「予想以上だったな。」
先程までの会談を思い出し呟く。
今回の事は事前に聞いてはいたがまさかここまでの結果になるとは思っていなかった。
「イン殿、ホウ殿此度は真に世話になった。この通りだ。」
アドバンス家の影でもある2人に頭を下げる。
「子爵殿、頭をお上げください。有り難く思いますが、我々は主の命に従ったまでですので。」
この2人は1年前、マフモフと共に男爵家との連絡役としてやって来た。
それだけでなくゲイン家の諜報員育成にも尽力してくれ、育成についての手引書まで用意してくれた。
2人が言うには甥のアシュラード曰く、
「伯父さんのとことは仲良くしたいし、これからも協力していきたいからね。」
とのことだった。
器が違うと思った。
義弟のラクトル殿も非凡なカリスマを持つ男だ。フロンテルム領が栄える前から、彼の下には人が集まっていた。
だが、甥は違う。歳の割には魔法に長けていることも耳にしているし、領政にも理解があり聡明でもあるという。だが、それだけでは説明の仕様がない何か大きな力を甥には感じるのだ。
マフモフも同意見の様で
「正に異端にして究極の異才。あの少年の器はこの国だけに収まりますまい。」
と感慨深げに話していたのを覚えている。
「そうか。それでは甥御殿にはお礼の手紙を書かねばな。」
そう言うと2人の顔に喜びの色が浮かぶ。
自分たちへの称賛よりも主への感謝を喜ぶか。
甥に対するこの者達の忠誠心の高さはやはりかなりのものだ。
この部分だけ切り取って見ても甥の異質さがよく分かる。
これからも仲良く付き合っていきたいものだな。
そう思いながら、まだ一度も会ったことのない6歳の甥の姿を思い浮かべるのだった。
とりあえず、ややこしい話は本話で一旦終わりとなります。
次回遂にうまひが登場させたかったキャラクターが出ます。
注意:ヒロインでは御座いません。鉄板なキャラです。
期待させてしまったらすみません。




