名探偵藤崎誠、相乗効果のなぞを解く
「相乗効果で新人を大々的に売り出すぞ。
期待の新人だ。
キャンペーン費用を今までの2倍にしろ。
バーター使って必ずCMを取れ」
会議に出席したスタッフは下を向いた。
「口だけ」と心の中で呟いた者もいるかもしれない。
兄が社長であるだけが唯一の取り柄という悪い噂がある芸能事務所の重役は、
「相乗効果でブームを作り出すぞ」が口癖だった。
そんな彼の事務所の所属タレントは多くはない、
でも、芸能界ではなくてはならない人と言わしめる俳優、司会者、芸人などが揃っていた。
これは一重に社長の能力と人望のおかげと言われている。
「又吉に続け!よし解散」
彼は、デリカシーなく、所属タレントではない名前を出してスタッフを鼓舞した。
ここで、『相乗効果』について説明しておこう。
簡単に言えば、いろいろな要因が掛け合わさるように働き、
大きな結果を得ることだ。
そう、『乗』とは『加減乗除』の『乗』のことで、
掛け算の意味である。
効果が加算される場合より大きな結果となるのである。
数字で言えばもっと分かりやすいだろう。
5+5=10であるが、
5×5=25となるのである。
具体的に相乗効果と呼べる例を説明しよう。
『ダウンタウン』が良い例だ。
浜田と松本、二人の個性が掛け合わさり、大きな笑いを巻き起こす。
『セカ中』もそうだ。
『世界の中心で愛をさけぶ』。
小説、映画、そして平井堅が歌う『瞳を閉じて』が掛け合わさり、大ブームを起こした。
知らない?セカ中を?
昨年上映の桐谷美玲『ヒロイン失格』で、『セカ中』のパロディーがあったのだが、
クスリともしなかった高校生らを見て、本当にビックリした。
しかし、今はなんと言っても『火花』である。
独特の個性を持つ芸人、又吉、
お笑いの哲学が詰まった小説、『火花』、
そして、ついには『芥川賞』。
いろいろな要因が掛け合わさり、本の売り上げは200万部を超えたのだ。
それを意識しているのか、重役はパッとしないタレントを見かけると、
「本を書いてみたらどうだ?」と声をかけた。
半年後、新人キャンペーンの結果が出た。
テレビ
の出演で世間に認知させるくらいで、ブームを作り出すことができなかった。
「あれだけ金をかけて」と、兄である社長はトイレの個室で陰口を聞いてしまった。
そして、弟が社内で浮いているのではないかと心配した。
しかし、新人キャンペーンなどこんなものだ。
企画通りの効果が出たためしはない。
でも、責任は明確にすべきだろうか。
いや、あれは私も承認した。
どうすべきだろうか。
彼はスマホを手に取り、友人の太田に電話した。
「あなたの弟さんは間違っています」
太田から紹介された男はそう言い切った。
藤崎という探偵、それも数々の難問を解決した名探偵らしい。
弟の責任を追及するのか?と察した社長は藤崎から視線を外した。
「これからその間違いを説明します」
社長はイラッとした。
そして、藤崎の視線を真っ直ぐに受け止め言った。
「彼の指揮したキャンペーンが間違っているというんですか」
「素人のあなたに何が・・・」と言いたい言葉を飲み込んだ。
「新人に2倍のキャンペーン費をかけても、相乗効果は得られません」
社長が立ち上がった。
「うちの新人にはそんな価値がないと言うのですか?」
「確かに価値はあるでしょう。
例えば、普通の新人に対し1.8倍の価値があるとします」
「1.8倍?」
社長は小首を傾げた。
「それで効果を算出します。
1.8×2=3.6となります。
相乗とは効果の掛け算なのです」
「ほう」
社長は感心して2度頷いた。
「しかしです。
これでは、相乗効果を発揮したとは言えません」
「どうして?」
社長はしかめ顔をした。
「この場合、単純に効果の積み上げた方が良いからです。
1.8+2はいくつになりますか?」
「1.8+2ですか。
えっと、3.8です」
あっ!と社長は声を上げた。
「掛け合わせたより、足した方が大きい?」
「その通りです。
つまり、それぞれの要素の値が小さい場合、相乗効果は得られません。
こういう場合もダメです。
一方だけ大きい場合です。
9×1=9ですが、
9+1=10となります。
だから、各要素がそれぞれ大きな値でなければ相乗効果は得られません」
「分かりました」
そう言うと社長は藤崎を睨んだ。
「弟がやったキャンペーンは失敗だったと言うんですか?」
「失敗です。
失敗の定義を目標の達成度合とすれば、完全な失敗です。
目標が高すぎです」
社長は机の上で拳を握った。
その拳は震え、机を揺らした。
「失敗ッ。
ああ、失敗ですよ。
新人を売り出すことにどんな苦労があるか分かってるんですか?
でも、必要なことなんです。
新人を売り込むにはお金が必要なんです。
それでも、弟が間違ってると言うんですか?」
「間違っています。
それは」
ダンッと社長は机を叩いた。
「弟は無能だと言うんですね。
じゃあ、どうすれば良かったんですか?」
「相乗効果です」
社長は顔をしかめ、
「相乗効果?」と漏らした。
「相乗効果とう言葉遣いに問題があります。
新人とかのキャンペーンなどに使うのは不適切です」
社長は大口を開けたままだった。
「数学を愛する者には許せないことです。
ちなみに弟さんの仕事ぶりも調査しました。
人望があり、能力的にも尊敬されています。
特に制作会社の方には評判良いです。
キャンペーングッズのコストは値切らないし、
バックマージンを要求しない。
この不況にちゃんとお金を使ってくれるからありがたい。
彼のことを話す人は皆笑顔でした。
ただ一部で評判が悪いです」
社長は真剣な顔に戻った。
「評判が悪い?」
「テレビ局のプロデューサー連中です。
横柄な奴らが許せない性格のようです。
悪い噂はそんな奴らが流しているのでしょう」
社長はハッとした。
そしてニッコリと微笑んだ。
「相乗効果は間違っていないですよ。
あなたはこの世界を詳しくないから、しょうがないですけど。
スタッフの力です。
この数値をあなたは計算に入れていない」
「確かにそうですね。
それに相乗効果を狙うにも、まずタレントとしての能力を上げなければなりません。
そのためにも、キャンペーンは必要です」
社長は藤崎の言葉に大きく頷いた。
、
『火花』の次に相乗効果でブームが来るのは何だろうか?
なんか落ちが今一つかな~