第16話 魔法文明確立世界=マギア
「……マギアって言うから中世タイプかと思ったら、高文明じゃねぇか」
強制召喚された先で見たのは、摩天楼だった。
天にも届かんと聳える塔は、黒い影を下界に見せしめる。この中に住まう者こそ選ばれし者、そんな主張を感じる。真偽は分からない。
俺達のいる場所は東京都心を思わせる街並みだが、そこに見える光は科学の匂いを感じさせない。最近になって覚えた《魔力感知》を使ってみれば、色濃い魔の力が渦巻いている事が分かる。
なるほど、科学の代わりに魔法が発達した世界と言うわけか。
「……す……凄い……」
おっと、優は異世界訪問……と言うか召喚は初めてだったな。
俺は始め異世界訪問した時、あまり異世界って言うものの凄さに着目していなかったが……そうだよな……異世界へ行くって、凄い事だよな。
「……だろ?」
「ぅん……ぁ、はい」
「素のままで良い。その方が良いだろ、優お姉ちゃん」
「ぅぐ……うん」
「んじゃっ、マスター探して用件を……」
「……」
おい、何故まだ抱き着く。
「立ちづらい。離せ」
「離すなって言ったのは、神鵺君だよ」
「そうは言ったが、ここまで来たんならもう繋がってる必要は……」
待て。
俺は確かに、離すなと言った。
それは何のためか、俺達が別々の場所に飛ばされないためだ。
いやそもそも、異世界へ行く事が誰にでも無事に出来る事だという保証が無い。俺達がこうやって繋がっているのは、優が異世界へ行く事によって何らかの不調へ陥るのを阻止する為とも取れる。言うなれば魂の命綱を握り合っているようなもの。
って事は、つまり。
「君の考えている事は、大方正解だよ。異世界のアンラマユ」
召喚主か。
その声は男だな、良い所で邪魔しやがってクソが。
「そんなに嫌な目をしないでくれ。僕はフェルムエール。君の、いや、君達のマスターだ。フェル、フェルム、フェルミー、マスター、分かるようにすれば好きに呼んで構わない」
黒を基調にした制服に、肩掛け。いかにもな魔術師だな。
一見すると好青年だが、この俺を呼ぶ時点でどんな奴か分かったようなもんだ。
「……なるほど。サーバント・プレデター、召喚に応じる暇も無く参上仕った。名はシンヤ、世界を滅ぼす悪を体現する者の名だ。覚えておけドクソが」
「えっと、これ、私も召喚されたって事で良いの? じゃあ、えっと……サーバント・プレデター? 召喚に応じ参りました。名は、えっと、ユウで良いのかな」
「シンヤにユウ、か。二人で一つのサーバントだね。面白そうだ。よろしく」
話を聞くと、奴の言う通り、俺の推測は大方当たっていた。
と言うか予想以上に深刻な状態だった。
俺達は所謂運命共同体のようなものとなるよう契約を果たし、優を一般人のまま狩猟者の枠に納めたようだ。そのお陰でタグ付けが成された形となり、プロテクトが掛かって異世界へ赴く事が可能になっていたらしい。つまり、咄嗟の判断で無意識に優を”俺”の内へ取り込んだようなものだ。しかし、勿論身体は別なため、液体以上の密度を持つ他の物体越しでも良いから常身体の何処かに触れていなければならない。
ほんの一瞬、1m秒でも離れてしまえば、優と言う存在は消滅してしまうと言う事だ。
お前……お前本当何でこんなめんどくさい事にしてくれんだチクショウ。
しかもこの世界の情報を調べてみたら、元の世界の20倍も時間の進みが早いじゃねぇか。悪魔が居場所を特定するまでの約2時間が、こちらでの約40時間、1日と半日になってるわけか。たまに宇宙へ飛び立った人間が地球へ帰ったら、宇宙にいた時よりも時間が進んでいたなんて話があるだろ。アレと似たようなもんだ。
「何て言うか、色々とタイミングが悪かったみたいだね。いやごめんごめん。でも大丈夫。やって欲しい事をしてくれれば、直ぐに帰れるから」
「信用ならねぇフォローどうもありがとう。んで何をすれば良いんだマスター」
「良くぞ聞いてくれた。君達……いや、君にしか出来ない事だよ。シンヤ」
「破壊か」
「いいや、破滅さ」
やっぱりか。
コイツの目には生物の光が灯っていない。
全てのものに対する底の無い絶望だけが渦巻いている。
俺と似通っていて、しかし決定的な違いを孕んだ目だ。
「この世界を殺して欲しい。と言っても宇宙規模じゃなくて、星一つで良い。僕を含めて、このマギアを……幸せを貪る理不尽を、殺して欲しいんだ」
俺は理不尽に対する兵器じゃなく理不尽そのものなんだが……なるほど、理不尽を殺すのは同じ理不尽と言うわけか。その意味なら、俺は適任だな。
金の為にノリで世界を滅ぼした理不尽な利己主義者。
黒金剛石の狩猟者にこそ相応しい任だ。
首輪付きな上に足枷まで付いた半封印状態だが。
「……ソイツは、出来るかどうか怪しいな。世界を滅ぼした事は一度あるが、俺の力はあまり働いていない。あの時は他の同族を利用した事が一番の要因だからな」
「いいや、君なら出来る。相応の生贄を用意した上、その前出しまでして条件を付けたからね」
周りに漂ってる魂は、なるほど生け贄にされた奴等の魂か。
良く見たら、皆酷い格好で死んでいる。
女はいねぇのかよ、サービス精神の無い奴だ。
まぁありがたく頂いておこう。《魂奪取》っと。
「フンッ。で、その条件が」
「世界を殺し得る存在、つまり君の事だ」
「……また、世界を滅ぼすの……?」
「1日半ジッと待ってても殺されるだけだぞ。だったら素直に従っとけば退屈もしない」
「そ、そんな……」
「ははっ、そこまで見抜かれていたなんてね。そうだよ。僕の課したたった一つの命、世界を殺す事に逆らえば死ぬ呪いを掛けてある。シンヤはどうなるか分からないけど、ユウはそうもいかないだろう?」
「チッ、周到な事で。その賢さをナンパにでも使っとけば、妻の一人でも簡単に、ッ!」
「神鵺君!?」
「グォオオオォォォオオオオオオオ!!?!? ってぇな野郎!!!!」
手からビーム撃ちやがって何が魔法だ!?
俺が庇わなかったら優の腹に穴開いてたぞ!?
「……すまないね。まだいきさつを話していなかった。と言っても、何処にでもあるような話だよ。家族が死んだ。政府が新しい幸せを探そうと言ってきた。僕はあの人達がいなければ幸せになれないんだと何度言っても聞きやしなかった。希望は無くならないと豪語する国が憎くなって、反覆の為に同士を集ったら、何時の間にか世界が憎くなって来た。こんな所だ」
「悲劇の主人公気取りかテメェ。俺の嫌いな分類だ。まぁやるこたやるがよ」
「……頼んだよ、世界を滅ぼす大いなる悪意」
ハッ、気に入らねぇ。
希望は無くならないだの何だの、そんなん他人にどうこう言えるわけ無いだろうに。その一人が見て聞いて感じた事からテメーで見出すもんが希望だし、絶望も同じモンだ。ソイツが希望はもう無いと決めちまえば、無くなっちまう。絶望なんて無いと決定して、固定しまえば、もう二度と絶望出来なくなる。そう言うモンだ。
理不尽に植え付けられでもしねぇ限りはな。
絶望は嫌なものと捉えられがちだが、実はそうでも無い。寧ろ希望の方が厄介だ。事他人からどうこう言われて植え付けられる希望程吐き気のするものは無いぜ、そんなの他人にとって都合の良い希望だからな、そりゃ違和感の塊だし矛盾しまくってて毒の様に自分を壊してきやがる。そんなのに縋るモンは生き物失格だ。疾く死んでしまえば良い。
つまり、俺がこの『幸せを貪る』と騙られる壊れかけの世界に引導を渡してやるって事だ。
ただ、そのまんま言いなりになるのは癪なので、この男には最後まで生き残っていて貰おう。
その絶望に絶望を叩きつけてやる。
上手く掛け算でも働けば希望に成り変わるんじゃねぇか?
=== Dを探せ ===
さて、世界を殺すと決めたからには方法を見つけなければならない。圧倒的な力で焼き払って「はい終わり」、なんて事はまだ出来ないからな。現実的なのはこの世界の負の因子を見つけ出すか作るかして、そこを突いて人々の間に憎しみの連鎖を作る事。勝手に戦争してくれれば、あとは適度に横槍入れてやるだけで驚く程簡単に世界なんて滅ぶ。
信じられないだって?
それが実際そうなんだわ。
俺が何度か赴いた異世界の中には、歴史の分岐点と呼ばれる地点で本来とは違う動きをした、所謂マジモンの並行世界が幾つかあった。その中でも、驚いた事に、俺の元いた世界とは全く違う様相を見せる世界があったんだ。興味深いだろ? ある世界じゃ、日本が大勝利を収めてアメリカに文化侵蝕までしちまっていたんだ。大星国家だよ。あの時は圧巻だったぜ。つまり何が言いたいかと言うと、そう言った歴史の分岐点、特異点とも呼べる時点において致命的な失敗を起こすと、世界に混乱が齎されるってぇ~わけだ。それこそ、世界が滅びかねない程の渾沌だ。
その特異点を探して、無ければ作りだして、そして突いて、壊す。
政治家も引っ繰り返っちまう様なマッチポンプだな。
「マギアそのものを利用しようだなんて、とんだ飛び思考だね。でも確かに、この世界を滅ぼすには最も望ましいやり方だ。うん、良いよそれ」
「これを名付けるとすれば、《全てを解放せよ》と言った所か」
「真実を曝け出す、か……人々で争い合って、血で血を洗って、そんな地獄絵図を蘇らせられたら良いな」
「出来る。それが魂を狩る者、狩猟者たる俺の権能だ」
「だったら、あの塔の上を目指すのが良いだろうね」
「何だ、そこに支配者でもいんのか?」
「御名答。隠してたわけじゃないけど、実を言うとこの世界は”神様”に管理されているんだ。君の言う、支配者だよ」
「それを早く言えよ。ソイツ殺せば後は上からドカドカやりゃ一気に終わりじゃねぇか」
「そうは問屋が卸さない。”神様”は生き物じゃないから、殺すのが難しいんだ」
話を聞くに、この世界は”神様”と呼ばれる一種のシステムによって管理されているらしい。どっかで聞いたような気がする内容だが下手に突っ込まないでおこう。ソイツを殺す方法が見付からないと来たか。俺の《失われし神》を使っても抵抗されてしまうだろうな。
しかし、世界の管理者である神さえ殺せば後はどうにかなりそうだな。なるほど何とかしよう。
「うぅ~む……」
「……ね、ねぇ神鵺君」
考え込んできたら、優が声を掛けてきた。
ちなみにちゃんと手を握ってる。恋人繋ぎだ。
「何だ、良いアイデアでも浮かんだか」
「いや、えっとね、さっき私言ってた事覚えてるかな」
「ん? あー、何か声が聞こえたとか言ってたな。アレ本気にしてるんか」
「本気も本気。『Dを探して』って聞こえたの」
「『Dを探して』だぁ?」
「そう。『Dを探して』」
「D? 何かの隠語かな」
「ドミネーター……の事じゃ無いよな。女の子の声って事だが、どれ失礼するぜ」
「ふぇ?」
二本指で額に触れ、《情報操作》で記憶を探る。確かに女の声だ、凄く聞き覚えがある。まるで目の前にいるデカ女のような……。
あーそういやぁ、異世界モノでそんなテーマがあったな。
「……D……ドッペルゲンガーか」
「ド、ドッペルゲンガー!? それって、会ったら死ぬアレ!?」
「やっぱ罠じゃねぇの?」
「そんな気がしてきた……」
「あぁ、ドッペルゲンガー?」
知ってるのかフェルミー!
「諸説あるんだけどね? 別々の世界にいる同列存在が何らかの要因で遭遇すると、片方の存在がもう片方に統合されて、一つで二人の存在になるんだ」
「それって、つまり」
「今の君達みたいな存在になる」
なるほどそう言う事か。
そうなれば、優は俺とずっと繋がっている必要も無くなる、と。そんで、その声の主、優の同列存在が、当の本人へ語り掛けた。恐らくは、統合する為に。
だが、それは俺の望む所では無い。
「何故? その状態じゃぁ、上手く動けないだろう?」
「……この世界に優の同列存在がいたとしてだ。お前の言う通りなら、会えばソイツと優のどちらかが消える事になる。一緒になるって捉え方も出来るが、俺は”この優”が気に入ってるんだ。消える危険は避けたい」
「!? し、しししし神鵺君それは、その、アレ、あの!? えっ!? やだ熱い! まだお酒残ってるだけだよね!?」
「変に期待してんじゃねぇ顔紅くすんなボケ」
おっと、嫌な目をした。
イチャイチャが気に入らなかったか? ん?
「……解せないな。世界を滅ぼす程の理不尽が、そんな一個人に固執を見せるなんて……これが悪だって言うのか。こんな、馬鹿らしいものが」
「悪ってのは相対的なものだ。つまり俺の悪は、ある点で言えば絶大な正義とも言える。俺にとっての正義と悪、そうそれは欲望だ」
「……これ以上問うても無駄か。禅問答は終いだ、やってくれ」
「オッケー。まずは……」
「……まずは……?」
「……まずは、何するの……?」
何たって、俺は生き物だ。
これは、必要な事だろ?
「寝る!!!!」




