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死神の君  作者: 広瀬倫康
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変調

ひなの家を出て、なんとなくそのまま家に帰るきにもなれずに稜はいつもとは違う道を通ってみることにした。

「あれ?」

その途中、稜は見慣れないコンビニを見つけ、足を止めた。

「いつの間に、こんなとこに…」

稜はいつぞやの三条の言葉を思い出していた。

確か、ここからほんの数メートル離れただけの場所に前建っていたのも、違うチェーンのコンビニだった。それが潰れて、ほぼ同じ地区にまた違うコンビニが建てられる。確かに、コンビニは隠れ蓑にはぴったりかもしれない。

稜は何となく中に入り、雑誌の棚を見ていた。

店内に、稜以外の客はほとんど居らず、店員も商品棚を整えたり、レジ台を拭いたりと暇そうだ。これじゃまた潰れるのも時間の問題なんじゃないか、などと考えていると自動ドアが開き、見知った人物が店内に入ってくるのが見えた。

「あ」

「あら?」

どうやらあちらも気付いたらしく、真っ直ぐに稜のほうへ近づいて来る。

「こんにちは。新発田稜くん」

客はあの、山辺里まりあだった。

「どうも。山辺里さん」

稜は彼女が自分の名前を呼んだことに驚いた。

何しろ彼女は既に校内で知らぬものはいないほどの有名人になっていた。

その人気たるや一年だけではなく二年や三年の先輩たちまで教室まで見に来るほどだった。

まあ、彼女は特に彼らを相手にすることもなく、基本一人で過ごしていたが。

「まりあでいいわ。ねえ、何してるの?家、この近く?」

「ああ、いや。友達のとこに届け物して、その帰りで、ついでにちょっと寄っただけ」

「友達って、狼森ひな?」

「え、あ」

言い当てられたことに驚いたが、そういえば昨日、まりあがひなに一言だけだが声をかけていたことを思い出し、特に悪意があるわけでもないだろうと、稜は素直に頷くことにした。

「そう。ひな、今日欠席したからさ。ノートのコピー届けてきたんだ」

「へえ…二人って付き合ってるの?」

「は?」

あまりにも直球なその問に、稜は一瞬硬直した。

「だって学校でもいつも一緒に居るから。ねえ、付き合ってるんじゃないの?」

「い、いや…普通に、友達だけど…」

「ほんとに?あんなにべったりなのに」

更なるまりあの追撃。美人は迫力が違う。稜は気圧されそうになりながら答えた。

「…同じ中学出身だし。隣の席だからさ」

「ふうん…」

それを聞いたまりあはなぜか、ニッコリと綺麗な笑みを浮かべた。

「良かった。それが聞きたくて来たの」

「え?」

「安心したわ。じゃ、私帰るから。またね、稜」

まりあは稜に手を振り、何も買わずに出ていった。

「?」

訳のまからぬまま立ち尽くす稜を取り残して。



翌朝、教室へ入ると、待ってましたとばかりにまりあが稜の元へと走りよってきた。

「おはよ!稜!」

「あ、ああ…おはよう」

他の生徒が何事かと二人を見たが、まりあはそんなことお構いなしにハイテンションで話し続ける。

「聞いてよ稜。あの後、家に帰る途中でね…」

視線が突き刺さるとはこのことか、と稜は思った。

まあそれも無理はない。今まで孤高の美少女だったまりあが猫なで声で大した特徴もない男子生徒Aこと稜に嬉しそうに話しかけているのだから。

そこへガラガラと扉が開く音がして、稜が振り向くと、扉の向こうにひなの姿があった。

「おお、ひな!」

「…」

しかしひなは答えない。彼女は教室のドア付近で、目を丸くして二人を見ていた。

「おーい、ひなー?」

稜がひなの名前を呼んだその時、隣に立っていたまりあが稜の脇をサッとすり抜け、ひなの方へと駆け出した。

「!」

まりあはひなの目の前で立ち止まった。小柄なひなに、モデル体型のまりあ。自然とまりあがひなを見下ろす形になる。ひなと稜の仲の良さを知っているクラスメイトは、まさか女の修羅場か、とハラハラとそれを見守っていた。

しかし、どうも様子がおかしい。まりあはひなの前にたち、ひなの顔をじっくりと見ているのだ。

「あ、あの…」

ひなは混乱していた。傍から見ると、猫に狙われた小鳥のようだ。

稜は警戒した。まりあがひなに対して何をしようとしているのかわからなかった。

「狼森、ひな」

まりあがひなの名前を口にした。ひなは不思議そうに、まりあの顔を見上げていた。

「あなたって、すごく綺麗ね」

まりあはひなへと手を伸ばし、その白い指先でひなの頬をすっと撫でた。ひなの顔が、一気に赤くなった。

「かわいい…」

まりあはそう呟き、ひなの手をとってそっと指を絡めた。

「…!…?」

ひなはパニックに陥った。自分の居ないたった一日の間に何が起こったのか、という顔をして、助けを求めるように稜を見た。呆気にとられていた稜だが、たまらずまりあに声をかけた。

「ちょ、ちょっと、まりあ…ひなが驚いてるぞ…」

「…」

しかしまりあは稜の声など聞こえていないかのように、うっとりとひなを見つめている。

「ねえ、ひな。私、稜とは友達になったんだけど…」

「…?うん」

「ひなとも、友達になりたいわ」

「え、わ、私と?」

唐突なまりあの懇願にひなは戸惑いを隠せない。まりあはひなにぐっと顔を近づけ、囁くように言った。

「私、綺麗なものが好きなの。ひな、とっても綺麗だから」

「!」

まりあの艶のある声に、稜を含めた生徒たちはどきどきしていた。まるで教室中の熱が上がったみたいだった。

「ねえ、ダメ?」

悲しそうな目で小首を傾げるまりあ。ひなは、少しの間の後、ゆるゆると首を振った。

「…ううん。えっと…あ、う、嬉しい、かな」

照れながらも、なんとか答えるひな。それを聞いたまりあの顔が、途端にぱああ。と明るくなった。

「良かったあ!私、ひなと友達になっちゃった!」

まりあが歓声をあげる。よくわからないが、ひなに友達が増えたようだった。

どうも、まりあはただの無邪気な女の子で、特に裏があるわけでもないようだ。人間関係が広がるのは、ひなにとっても好ましいことだろう。稜は張り詰めていた息をふう、と吐きだした。

「ひな。私のことは、まりあって呼んでね」

「わかった。まりあちゃん」

「違う違う。ただの、まりあ」

「えっと、まりあ?」

「もう一回!」

「…?まりあ」

「やーん!かわいいー!!」

まりあがひなを抱きしめた。

見目麗しい女子高生二人の抱擁はいい見世物だったようで、教室前の廊下には人だかりができていた。


その後朝のHRを告げる鐘がなり、担任が教室へ入ってきたことでまりあは自分の席へと戻っていった。まるで嵐にあったようだと、稜は呆然としていた。

「ねえ、稜くん」

隣の席から、ひなが担任に気づかれないよう小声で言った。

「ノートのコピー、ありがと。わざわざ家まで届けてくれたって、お母さんから聞いた」

「あー、うん。急いで書いたから字、汚くて悪いけど」

本当は、ひなのためにいつもより数倍丁寧に書いたのだが…恥ずかしいので黙っておく。

「具合はもういいのか?」

「うん。もうなんともない。大丈夫」

「そうか。あまり無理するなよ。こんなんで良ければいくらでもコピー取ってやるから」

「…うん。ありがと。稜くんは本当に優しいね」

ふんわりと笑うひなに、稜は胸の中がじっと暖かくなった気がした。


それから3人の距離はどんどん近くなっていった。

「稜ー」

「おお、まりあ」

「おはよっ」

まりあが慣れた様子で稜の机の上に腰掛けた。まりあが教室で稜と話すときの定位置である。

「全く…それ、行儀悪いぞ」

「別にいいじゃない。楽なんだもの」

忠告も意に介さず、まりあは優雅に足を組み替えた。

すらりと伸びた白い脚。周りの生徒たちがチラチラと見ているが、当の本人はそんな視線など少しも気にしていないようだ。

「まりあー」

その時、廊下からまりあを呼ぶ声がした。

「こっちこっち」

そう言って扉から顔をのぞかせ手招きしているのは、校内イチのイケメンと名高い、三年のサッカー部のキャプテンだった。

「…」

しかしまりあは彼を一瞥すると、また視線を稜に戻した。これが先輩にとる態度だろうかと他人事ながら稜はヒヤヒヤした。

しかし先輩もめげない。再びまりあを呼んだ。

「まりあ!ちょっとこっち出てきて」

「…」

「すぐ済むからさ。ほら!」

さすがに根負けしたのか、まりあはハア、と大げさにため息をついて、さも億劫そうに稜の机の上から降りた。

「ごめんね稜。ちょっと行ってくるわ」

まりあが彼の方へと歩いていく。教室を出て廊下で話す二人を稜は座席からこっそりと覗き見た。

美男美女のふたりが並んで会話している。通りすがりの生徒たちがつい振り返ってしまうほど、それは絵になる光景だった。


しかし5分もしないうちにまりあは戻ってきた。廊下に残る先輩の表情から察するに、多分まりあが無理やり会話を終わらせたのだろう。

「もういいのか?」

「だって全然大した用じゃないんだもの。つまんない話をダラダラされても困っちゃうわ」

まりあが素っ気無く言う。もし本人に聞かれたら、先輩のプライドズタズタではなかろうか。

「…お前、あんまり適当にしてやるなよ」

あまりの無体に、稜はつい口を出してしまった。

「なに?」

「勿体無いぞ。あの人、凄くモテるらしいし」

「ふうん…」

「サッカー部の試合見たことあるか?すごいぞ。あの人見たさに他校の女子まで集まってくるんだ。そのくらい、凄い人なのに…」

「そうかしら?私は稜のほうが素敵だと思うけど」

「!」

まりあが爆弾を落とした。

「い…いやいやいや。ない。それはない」

稜は焦って訂正した。このままでは校内イチのモテ男と自分が同等だと思っている痛々しいやつと周囲に認定され兼ねない。

「俺なんかとあの人を比べるなよ。雑草と胡蝶蘭くらいの差があるよ」

「全然わかんない。第一私、管理され尽くした花は好きじゃないし」

「そういうことじゃなくて…」

値段とか、価値?需要の多さとか、見た目も含めての例えだったのだがまりあには通じなかったようだ。

「まあいいわ。そんなことより、ねえ、今度時間作ってよ。買い物に付き合って欲しいの」

「えー…どこに?」

「それは、稜に任せるわ」

「なんだよそれ」

「わからない?鈍いわね」

禅問答のような会話の中のまりあの意図に、稜は薄々感づいていた。

全く、彼女はどうしてこんな所に居るのだろう。眩しく輝く場所が他にもあるのに不思議なものだ。

「…なあ、俺なんかと話して楽しいか?」

本の好奇心で稜はたずねた。

「俺みたいな平凡なやつより綺麗なものが他にもあるだろ?」

「…なあに?それ」

「お前の価値に見合ったもの、っていうかさ…」

まりあは遺憾だとばかりに眉間にしわを寄せた。それすらも美しいから困ってしまう。

「そんなの知らない。私は私の価値観で生きてるのよ。私は、私が美しいと思うものとだけ触れていたいの。わかる?」

「…」

「稜も、ひなも、私が美しいと思った。だから私はあなた達が好きなの」

そう言ってまりあは見惚れるような美しさで笑った。

「あ、そうそう。ちなみに私の好きな花はね、水仙。覚えておいてね」

水仙。崖や荒地でも平気で花を咲かせる生命力。その葉には毒がある。

「…お前に、ぴったりだな」

稜は呟いた。



「あ!ひなー!」

廊下の向こうにひなの姿を見つけ、まりあは隣にいる稜を置いてけぼりにして、駆け寄っていった。

「どこ行ってたの?探したんだから」

そう言ってひなに抱きつくまりあ。人目というものをこれっぽっちも気にしていないようだ。

「ごめんね、ちょっと保健室に行ってたの」

苦しそうなひなの声に、まりあはそっと抱きしめていた腕を解いた。

「保健室?」

「うん。なんだか、眩暈がして…」

「また?一昨日もそんなこと言ってたじゃない」

最近、ひなは体調を崩すことが多くなっていた。

といっても症状は軽く、検査してみても特に異常は見られなかったため治療法もないようだ。

ひなの保健室に通う回数は、ここ数ヶ月で格段に増えていた。

「ひな、このところずっと調子悪いわね。ちゃんとご飯食べてるの?」

「食欲も、あんまりなくて…」

「だめよ。無理にでも食べなくちゃ…悪くなる一方じゃない」

「うん…」

「もう…ほら、稜からも言ってやって…あら?」

まりあが振り返ると、稜が頭を抑えて俯いているところだった。

「稜?どうしたの?」

「…え?」

「頭、痛いの?」

そう。体調の変化はひなだけでなく、稜にまで起こり始めていた。

症状は大体ひなと同じ。眩暈、頭痛、ふらつき、疲労感、など…。

立ちくらみで動けなくなるなんて、稜の人生で初めての経験だった。

「なんか俺も最近、調子悪いんだよな…」

「風邪かしら?」

「私の、稜くんにうつっちゃったのかな…」

ひなが申し訳なさそうに言うので、稜は急いで訂正した。

「違う違う。ほら、俺のはきっと勉強疲れだよ。ひなのせいじゃない」

「いつもひなに教えてもらってるだけなのに勉強疲れなんて…稜、頭の容量少な過ぎない?」

「じゃあお前のは8キロバイトくらいか?馬鹿は風邪ひかないもんな」

稜の憎まれ口の応酬に、ひながくすくすと笑う。

「ひどい!そういうこと言うならもう知らないからね!」


そう言いながらも甲斐甲斐しく二人の世話を焼くまりあに、稜とひなはこっそり笑みをこぼした。



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