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死神の君  作者: 広瀬倫康
6/17

交渉

「…ここ、ですか」

「そう。ここ」

男が稜を連れてきた場所は、稜の家から程近い、あの、コンビニだった。

「付いてきて。君は何も喋らなくていいから」

男は自動ドアを抜け、レジの店員に何かを伝えた。稜はそれを少し後ろで見ていた。社員の面接がどうの、と云っているようだった。

やがて店長であろう制服を着た中年男性が現れ、男に礼をした。

「さ、こっち入って」

男が稜に手招きをする。稜は言われたとおり一言も口を開かずに男の後を付いていく。扉には、スタッフオンリーの文字があった。

「じゃ、少し時間もらうね」

「はい」

店長はその場で立ったまま、扉の向こうへ進む二人を見送った。


「はい。こっちね」

見たこともないコンビニの裏側。男は右手の扉を指した。

中へ入ると左側の壁一面にずらっとペットボトル飲料が並んでいた。

「ここね、飲み物売り場の裏側。冷蔵庫になってるの。寒いよねえー」

「…」

「もう喋っていいよ」

「…あ、はい」

「店員さんはここから飲み物補充するわけさ。で、前の方にスライドさせれば古いやつから順繰りお客さんの手に渡るってわけ。よくできてるよねえ」

「…はあ」

別にコンビニ店員の仕事なんかに興味はないのだが。しかし男が見せたいのはこれではないらしい。

「えーと…ここに認証キーを当てて…それでコードを…」

ブツブツ呟きなから、男はごちゃごちゃと壁に向かって何か作業している。時々、お客さんが飲み物を取るため、パコン、ガシャ、と音がする。その度減った飲料がシャーっと向こう側へ滑っていく。

「そいで…これで…よし、開いた」

やっと一連の作業が終わったらしい男が稜の肩を叩いた。そして、男は床を指さして言った。

「ここ、降りるから」

見ると、床にさっきまではなかった切れ目が入っている。人二人分くらいの大きさの長方形だ。

「ここに立って。下、降りるから」

稜が男の隣に立つと、床はゆっくりと下降を始めた。


床が動きを止めた。外の音は何一つしない。男は何か操作をして、部屋の明かりを灯した。

「…!な、なんだ、ここ…」

「すごいだろ?」

シーンと静まり返った、6畳程の空間。ところ狭しとパソコンのディスプレイがいくつも並んでいる。

「コンビニの下に、なんでこんなものが…」

「いや、わざわざコンビニの地下につくることに意味があるんじゃないか」

「?どういうことですか?」

「コンビニなら、全国津々浦々どこにだって建てられるし、新しくできようが潰れようが、誰も気にしないからね。できては潰れるコンビニの理由がこれってわけ」

「…え…」

「いい隠れ蓑だろう?このコンビニは僕の事務所のために、わざわざ新たに建てさせたのさ」

稜は不安になった。

―冗談じゃない。こんなところ、その気になれば本当に監禁できてしまう。

「大丈夫。手荒なことはしないからさ」

もう充分手荒なことをしているというのに。男はいけしゃあしゃあとそんなことを言う。

「まあ、適当に座ってよ。もう面倒くさいことはなし。さっさと本題にいこう」

稜は傍らにあった座椅子を引き寄せ腰掛けた。男もその向かい側にどっかりと胡座をかいて座った。

「いいかい?君のテスト結果をめちゃくちゃにしたり、こんな訳のわからんところに連れてきたり。なぜこんな面倒くさいことをしたかというと、君に、ある頼み事をしたいからなんだ」

「頼み事?」

「そう。それも極秘のね。他人にも君の家族にも友達にも知られちゃいけない頼み事」

もう嫌な予感しかしない。

「それって、危険なことですか」

「ぜーんぜん。君にとっては容易いこと。既に半分以上はこなしてくれてるからね」

「?」

「君、狼森ひな、って知ってるよね?」

どきん、と稜の心臓がはねた。

「し、知ってます、けど…」

「彼女ねえ、ちょっと特殊な問題を抱えてるんだよ。君も薄々気づいているだろ?お友達にも教えてもらったと思うんだけどさ」

「も、問題…?」

「お友達から言われて知っているだろ?村上くん、豊栄くんも、これの被害に遭っていたよね」

間違いない。この人は、ひなの周囲に起こるあの妙な現象について言っている。

「それは、ただの噂、偶然ですよね…?」

「それにしては事象が多すぎるんだよねえ」

男は稜の前に、バサッと書類の束を置いた。

「始まりは2年前。担任の教師だった。入学式の日、彼女の名前をからかったんだ。狼森、なんてすごい苗字だねって」

「…」

「本人にしたらちょっとした冗談だったんだろう。場を和ませるためのさ。狼森ひなだってその時はただ笑っていた」

「…ど、どうなったんですか、その人…」

「その晩、教師は脳卒中で倒れた。命に別状はなかったが麻痺が残ってしまってね。それきり彼は学校には来なかった」

「…」

「あとは彼女の教科書を汚した生徒と、体育の授業中彼女にボールをぶつけた生徒。どちらもクラスメイトね。それから彼女にちょっかいをかけた上級生の男子生徒も痛い目に遭っているな。他にも居るよ。みんな彼女に関わった翌日には学校を去っている。この2年間で彼女は計8人の生徒と2人の教師を学校から追い出していることになる。豊栄くんは学校に来てるから除くけど」

「…それが、全部ひなのせいだと言うんですか?」

「それ以外に何がある?」

「俺は、ひなにジュースをぶっかけました。でも、何ともない」

「そう!それなんだよ!」

男が発した大きな声に稜はビクリと体を震わせた。

「君は彼女に危害を加えても何ともない。これは君の体質によるものなんだ」

「…」

「君は狼森ひなの呪いの力が効かない。そればかりか、なんと君の影響は周囲にまで及ぶ。豊栄くんが軽傷で済んだのも君の影響なんだ」

「…」

「僕たちは彼女のような特殊な力を持つ人間を『妖』と呼んでいる。彼女はその中の蛇、に分類される。手負い蛇の伝承からとってね」

「…」

「そして、その呪いを受けない君のような者を蚊帳、と呼んでいる。手負い蛇は蚊帳の中には入れない」

「…」

稜は半信半疑だった。これはドッキリか何かではないのか。大掛かりな…だってこの時代に呪いだなんてオカルトじみたことが…

しかし目の前の、稜から見たら立派な大人のこの男の目は真面目そのものである。

「…それで、俺に何を頼みたいんですか」

稜は信じて見ることにした。コンビニの地下にこんなものを作ってまで自分を騙したってなんの特にもならないのだ。

「簡単さ。彼女のそばにいて欲しい」

「は?」

「君が彼女のそばに居るだけで周囲の人間は安全を確保できるし、彼女の精神安定にも繋がるんだ」

「…」

「それに、これを呑んでくれたら、君の将来は安泰だよ。幸い狼森ひなの成績はかなり良い。君を彼女と同じ高校に入学させよう。その後、大学に行きたいというならこちらで都合をつけるし、就職だって面倒を見るよ。いい条件じゃないかな」

「…」

「ま、既に君に拒否権は無いんだけどね」

その言い方に、稜はカチンと来た。

「…俺が親や他の大人に言うかもしれないとは、考えませんか」

「ほう?」

男は肘をついて両手を組み、顎をその上に乗せた。

「言って、どうするの?」

「助けを求めます。変な人に変なことを言われたって。そしたら、多少は動いてもらえるはずです」

「なるほどねえ…」

男の目が、ギラリと鋭くなる。

「…僕らはね、子供ひとりくらい、簡単に精神異常者に仕立て上げられちゃうんだよ。」

「…!」

「そんな子供の言うことを、大人が信じるかな?」

男はニヤリと笑った。

「…つまり、断れば俺の人生は終わるということですね」

「そういうこと。君だけじゃない。君の家族も道連れさ」

「ど…どういうことですか!」

「お父さん、昇進おめでとう」

「…!」

予期せぬ返答に稜は絶句した。

「高卒の平社員が突然支店長だなんてありえないよね。お母さん、喜んだでしょ」

稜ははっと男の目を見た。男はまっすぐに稜を見つめている。

「我々はこの為に手を尽くしてきたんだ。君を得るためにね」

「…」

「君は逸材なんだ。これ程までに大きい蚊帳は今までにない。それに、狼森ひなも君を気に入っているようだしね」

「…」

稜は頷くしかなかった。


男は自分を三条と呼ぶように言った。何枚かの書類を差し出し、稜にサインさせた。

二人は、極秘の契約を結んだ。


帰りしな、稜はふと、三条に尋ねた。

「あの、さっき言ってた…ひなのような、妖って、他にもいるんですか」

「ああ。居るよ」

「その人たちにもみんな、俺みたいな人間が付いているんですか」

「みんな、ではないね。でも僕らは血眼になって探しているのさ。彼らにだって、人生を楽しんで欲しいからね」

「…そう、ですか」

稜はその三条の言葉が果たしてただの建前なのか、それとも本音なのかはわからなかった。しかし、彼らの手を借りなければ普通の人間としての幸福すらままならない、妖という厄介な性質を持って生まれてしまった、ひなを含めたたくさんの人たちのことを思い、切なくなった。



その三ヶ月後、稜は張り出された合格者の番号の中に自分のものを見つけ、呆然と立っていた。

「ほ…本当にあった…」

両親に合格を報告すると、諸手を上げて喜んでくれた。

「まさか稜があの岩船高校に受かるとはなあ!県内トップの高校だぞ!」

「う、うん…」

「本当。急な転校で苦労させたけれど、まさかこんな結果になるなんてねえ」

父も母も、自分が受かったかのようにはしゃいでいた。

それもそうだ。本来の稜の成績では

いくら贔屓目に見ても偏差値が足りない。ハイレベルの高校なのだ。

「お父さんは出世するし、稜は良い学校に受かるし。母さん幸せよ」

「ああ、本当に。運がめぐってきたんたなあ」

しかし稜は知っている。これが全て仕組まれたものだということを。

「…」

稜は、彼らの目を見ることができなかった。


夜9時。家の電話が鳴った。稜は誰よりも早く、部屋にある子機をとった。

「…もしもし」

「やあ!稜くん」

流れる脳天気な声。相手はわかっている。

「こんな時間になんですか。三条さん」

「いやあ、合格発表今日だったなーっと思ってさ。どう?受かってた?」

「聞くまでもないでしょう」

「じゃあ受かってたんだ。おめでとー」

お前が仕組んだことなのに、なんて白々しいんだと稜は思った。

「…切っていいですか」

「ごめんごめん。君、気にしてるみたいだから一応言っておこうと思ってさ」

「?何をですか」

「君がこの計画をどう感じようが自由だけど、君が合格を喜んでいないこと、親御さんに気づかれないようにね」

「!」

彼には全てお見通しだったのだ。稜が出来レースの受験に罪悪感に苛まれていることも、何も知らずに喜ぶ両親に対して、的外れの苛立ちを感じていることも。

「…秘密というのは脆いものでね。少しでも穴が開くとそれがどんどん広がって、やがて全てをどん底に陥れるんだよ」

「…」

「僕は死にたくないし、誰も死なせたくないんだ。それが誰になるのかはわからないけど」

「あ…」

稜は改めて自分の置かれている状況の重大さを理解した。

自分の抱えるこの秘密が巡り巡ってひなの耳に入ってしまったら。

彼女はどう思うだろう。何を憎むのだろう。

そして、彼女の呪いの力は、誰に向かうだろうか。

騙していた自分か。実行させた三条か。それとも、呪われたひな自身か…。

「いいかい?バレないように振る舞うのも、君の仕事だからね」

「…はい」

「それだけ。じゃあね。また」

稜の返事を待たずに、電話はあっさりと切られた。

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