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死神の君  作者: 広瀬倫康
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接近

「おっすー」

「ああ、豊栄。おはよう」

あれからすぐ、豊栄はまた学校に来はじめた。怪我は本当に大したことはなかったようで、今はもう体育も通常通りに参加している。

ただ、狼森ひなについては一切触れることはなかった。

「今日もダリーなあー」

「またそんなこと言って。受験大丈夫なのか?」

「んーまあなんとかなるだろー」

「あとで焦っても知らないぞ…ん?」

稜は廊下の片隅に本が落ちているのを見つけた。

「落し物かな?」

「あ、そういやあそれ、俺昨日帰るときも見た気がする。急いでたからそのまんまにしといたけど」

「じゃあ、昨日からここに落ちてたってことか」

稜は本に近づいた。英語の単語帳。表紙が少し、破れている。

「なんで誰も職員室に届けないんだろ」

「さあ?めんどくせーからじゃねーか?」

「…」

稜は本を拾いあげ、裏返した。名前の記入欄に、狼森ひなの名前があった。

「…」

きっと、この表紙が破れていることで、彼女の呪いの力が自分に向くのを恐れたのだろう。みんな知らないふりをして本を届け出なかったのだ。

「お、稜。誰のかわかったか?」

豊栄が覗き込んでくる。稜は本を持ち替え、彼の目がそれを捉える前に彼女の名を隠した。

「うん。知ってる人のだから直接届けるよ。悪いけど先に教室行ってて」

豊栄と別れ、稜は狼森ひなのいるD組へと向かった。


「おーい、狼森さーん」

扉から顔を出して声をかけると、D組にいた生徒全員が一瞬動きを止めた。当の本人も驚いたように固まっている。

「狼森さーん、これ、落し物ー」

稜が右手に持った英単語帳を見せると、彼女はハットした顔をして、急いで稜のいる廊下へ出ていった。

「ごめんね。裏見たら名前書いてたから」

「…」

稜は、狼森ひなに本を手渡した。

「…」

教室の中にいる生徒たちが、扉の向こうで息を潜めてこちらの会話を聞いているのを感じる。きっと、彼らは気が気じゃないのだろう。彼女の怒りを恐れて日々生活していることが、これだけで稜には理解できた。

稜の脳裏に湯沢の言葉がよぎる。

彼女の呪いの力。もしもそれがあるなば、自分はどうなってしまうのか。

「…表紙ね、ちょっと破れちゃったみたいなんだ。俺のせいなら、ごめん」

しかし、稜にはどうしても、彼女が人を呪い危害を加える人間には見えなかった。

生来の気性のせいかもしれない。無駄にポジティブというか、直感を頼りによく考えない。どうにかなると思っている。

とどのつまり、脳天気なのだ。

「これ、もとからだから」

「ん?」

狼森ひなが、口を開いた。

「表紙。これ、もとからなの。だから、あなたのせいじゃない」

「…あ、そうなんだ」

張り詰めていた気持ちがふっと緩んだ気がした。

「ありがとう。これ、探してたの」

「そっか。良かったー直接届けに来て」

ははは、と稜は笑った。

「でも、よく私の名前知ってたね。私、自己紹介したっけ?」

和やかな空気が流れていたのもつかの間、再び周囲を巻き込んで、空気が緊張に包まれる。廊下に出ている生徒たちが怯えたような目で稜を見た。

「あー、それは…」

なぜ、自分が彼女の名前を知っていたのか。本当のことを言っていまえばきっと彼女は傷付くだろう。稜は少しだけ、嘘をついた。

「前に、ここに来た時に名前聞き忘れたから、他の人に聞いたんだ。それで覚えてた」

「へえ。そっか」

「ごめん、勝手に調べたみたいに…」

「ううん。でも…」

狼森ひなが、言いづらそうに俯いた。

「ん?なに?」

「…私はあなたの名前、知らない」

彼女は小さく小さく呟いた。その中には控えめな寂しさがこもっている気がした。

「…なんだそんなこと。そういえば言ってなかったね。」

ひなが弾かれたように顔を上げる。

「俺の名前は新発田稜っていうんだ。よろしくね、狼森さん」

「新発田くん…あ、あの、私のことは名前でいいよ。その、苗字じゃなくて…」

「ひな、ね。わかった。俺も稜でいいよ」

「…わかった」

ひなは嬉しそうに笑った。それを見て、稜はやはり、自分のカンが間違ってはいなかったことを悟った。



「おーい。ひなー」

「稜くん。今帰り?」

「うん。ひなもだろ?一緒に帰ろう」

稜とひな、二人は校内で会うと互いに声を掛け合うくらいに仲良くなった。

あの後も稜には噂されているような災厄は訪れなかったし、何よりひなと話すのは楽しかった。

そんな稜を湯沢や豊栄は初めは忠告したが、付き合いを続ける稜に特に危害がないことを見るとどうやら彼女に対する見方を変えたようだった。

今では二人共、稜が彼女と言葉を交わすとき、ついでに彼女に挨拶くらいはするようになっていた。

「明日からテストかあー。嫌だなあ」

「ふふふ。でもテス期間は早く帰れるよ」

「それすらもなんか、早く帰って勉強しろっていう先生たちのプレッシャー感じちゃって。家に帰って一応教科書を開いてみるけど、結局自分じゃわかんないから諦めてだらだらしちゃうんだよなあ」

授業で理解できないものが自分一人で理解できるはずないのだ。しかも転校先の授業レベルが以前いたところと比べて数段上だったのも加わって、今ではもう授業についていくことすら困難になりつつあった。

「…」

「あーあ、今回は赤点無いといいなあ。親にキレられる」

「良かったら、私、教えようか?」

「…え!」

「あ、いや、えっと、そんなに頭いいわけじゃないんだけど、私参考書持ってて。それ、すごくわかりやすいから、役に立てるかなって」

「…いいの?」

「うん。私も人がいたほうが勉強しやすいし」

「ありがとう!お願いします!」


勉強は近くのファミレスですることにして、ひなの家には参考書を取りに寄るだけにした。ひなは家でもいいと言ってくれたが、今日はひなの母親が家にいるらしいし、事前に約束もなしにお邪魔するのはさすがに失礼になるだろうと辞退した。

「じゃあ、すぐ取ってくるからちょっと待っててね」

ひながドタバタと家の中に入っていく。稜は玄関前で待つことにした。

「…きれいだなあ」

ひなの家はこじんまりとした洋風の家で、門から玄関の扉までは鉢植えの花やハーブが並べられていた。

きちんと手入れされているのだろう。ポーチには土や埃の汚れ一つなかった。

「…あら?」

ぼーっと見とれていると、家の裏からエプロンを着た女性が出てきた。

「家に御用でしょうか?」

感じからしてひなの母親だろうか。彼女は稜の姿を見て態度には出さないものの明らかに警戒の色を見せた。

「あ、すいません。俺、えと、ひなさんの友達で…」

「…ひな、の?」

女性は不思議そうに聴き返した。

「はい。今日、勉強教えてもらおうと…あ、ファミレスとか行くので、お家にはお邪魔しませんので!はい」

稜はどきどきしながらまくし立てた。女性は得に口を挟むこともなくどこか上の空のようだった。

「…そう、なの…あの子に…」

「…?」

「仲良く、して頂いて…ありがとうございます…!」

母親は突然、深々と稜に頭を下げた。

「いつも、娘が迷惑をかけているのに…すみません…」

「…?いやいや。迷惑かけてるのは俺の方です。だって俺、初対面でジュースひっかけちゃったりしたのに、ひな、友達になってくれて。おまけに勉強まで教えてくれるなんて、ほんと優しい人です」

「…っ!」

ひなの母親は、目を見開いて稜を見た。

稜はこの表情に、見覚えがあった。

ひなにジュースをかけた翌日。自分を見た教師や生徒が軒並みこんな顔で固まっていた。

「…?」

絶句した母親に戸惑っていると、玄関の扉がガチャリと開いて、中からひなが顔をのぞかせた。

「稜くん、おまたせ。…あれ、お母さん。ここにいたの」

ひなの声を聞いて母親はやっと我に返ったように、もとの顔に戻った。

「あ、あら、ひな。そう。裏のお掃除してたらお友達が見えたから。お母さん、ご挨拶してたの。お出かけするのね?」

「うん。勉強会なの」

「あまり遅くならないようにね」

「はい。行こう、稜くん」

ひなが稜の袖を軽く引っ張って促した。

「じゃ、じゃあ…すみません」

母親は二人に向かって小さく手を降った。稜はそんな母親に向って会釈し、その場を立ち去った。


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