結末
「後から調べて、わかったことなんだけどね」
稜を呼びたした三条が話し出した。
「彼ね…『覚』っていう、妖だったんだ。普通、覚っていうのは頭の中に直接、感覚として他人の感情が入り込んでしまうものなんだけど、彼はそれが視覚、聴覚として現れる、特殊な覚だったんだ」
「さとり…?」
「だから周りは彼を精神病だと思ったんだ。それで、彼の両親は最後の望みとして狼森ひなの、昇り竜の力に頼ったんだ」
「昇り竜?蛇、じゃなくてですか?」
「蛇はね、竜に育つんだ。大きくなった竜は、愛する者の願いを叶える。だから狼森ひなに彼を近づけて、竜の力を彼に向けさせようとしたんだ」
「…でも。彼が願ったのは病気が治ることじゃなかった」
「うん…。彼は、ずっと見えていたんだろうね。両親が、自分のことを忌み嫌う心の中が…」
「……」
「あの時、どうしてか知らないが、彼は全て知ってしまったんだろう。そして祟り、怨霊となり、両親を殺した。彼は最後に、竜に死を願い、竜は、それを叶えた…」
三条は、壁に立てかけていた絵を稜に見せた。
「これ、彼の部屋にあったものだよ。裏に狼森さんの名前が書いてあったから、持ってきたんだ。こんなことで、罪滅ぼしになるとは思ってないけどね」
稜はそれを慎重に受け取った。
「…三条さんは、この計画を、知っていたんですか」
三条は頷いた。
「学も金も、後ろ盾もない僕みたいな人間は、誰かに従って生きるしかないんだよ」
三条は自嘲するように言った。
「…それ、彼女に見せてあげてね。絵は詳しくないけど…すごく、伝わるものがある絵だからさ」
三条は稜に渡した絵を指差していった。
「わかりました」
稜はキャンバスを抱え、彼のもとを去った。
ひなは専門の病院に入院していた。何人もの医師が入れ替わり彼女の精神状態を調べている。
「…ひな」
「…」
あれから、彼女は抜け殻のようになっていた。
「ひな、あのな」
「稜くん、私ね…」
ひなが、カラカラに渇いた唇で、小さく呟いた。
「私…マサキに、何を、してあげたら、よかったの…?」
「ひな…」
「…あんなに苦しんでいたのに、私…」
ひなの目に涙が滲む。ひなの病室には、尖ったものや、体を傷つける凶器になりそうなものは何一つない。彼女が自殺を図ったのかもしれない。
稜は三条から受け取ったものをひなに渡した。
「これ。あいつの部屋にあったんだって」
「…絵…?マサキの?」
「ほら、ここ、よく見ろ」
「…あっ」
その絵に描かれていた手。守るように広げられた手の、その薬指は、先が少しだけ曲がっていた。
「お前、前に言ってただろ。手が上手くかけなくて悩んでるみたいだって。マサキがずっと描こうとしていたのは、お前の手だったんだよ」
絵を掴むひなの手がブルブルと震えだした。
「なあ、マサキ、お前と居たとき、笑ってただろ。少なくとも、お前と一緒に居るときは、あいつは確かに、幸せだったんだよ」
「…」
「マサキの見える世界の中で、ひなだけが自分を守ってくれてたんだ。この絵はそういう、意味だと思う」
「…っ!」
ひなは、ベッドに突っ伏し、咆哮した。
稜はそっと病室を出た。すると、見舞いに来たみなこに出くわした。
「…新発田くん」
「よう、沼垂。ひなの見舞いか」
「…うん」
みなこは頷いた。
「今はちょっと、入らないほうがいい。ひなの状態からして…」
「そうか…」
みなこが俯く。稜は彼女に切り出した。
「…なあ、お前は、前部知ってたのか…全部知ってて、だから、あいつとひなを、くっつけようとしてたのか」
「…」
みなこが、頷いた。稜は拳をぎっと握りしめた。
「ひなとお前は、友達なんだと思ってた。出会った理由はあれだけど、でも、ひなと話してるお前は…」
「…ああ、私は、ひなが好きだった」
「…!だったら…」
「でも、私は彼らに従った。私は彼らに忠誠を誓ったんだ。彼らは私を、救ってくれたから」
みなこが唇を食いしばった。
「…私には、実の親がいないんだ…」
「…!」
「捨てられて、引き取られたんだが、そこで、私は養父の暴力に晒された」
「!」
「今思えば、彼は私が怖かったんだと思う。私から溢れ出る気が、彼の精神を威圧し続けていたんだ」
「…」
「でも、私は誰にも言わなかった。また一人になるのが怖かったんだ。殴られ、蹴られ、血反吐を吐いて、耐え続けた。そんな時、彼らに出会ったんだ」
「…」
「彼らは私の…泉という力のこと、そして力の操り方を教えてくれた。それから、私は普通の人と同じように生活することができた」
「…」
「目的を持って、私は君たちの学校に派遣された。最初は仕事として君たちに近づいた。けれど、君たちと触れ、話すうち、私は君たちが好きになった。君たちの明るさに、そして、愛をぶつけてくれるまりあに、私は救われていた…」
みなこは両手で顔を覆い隠し、声を荒らげた。
「ひなを、傷つけるつもりはなかったんだ…ほんとうに…こんなこと、望んでなかったのに…!」
「…」
稜には、彼女のそれが、嘘だとは思えなかった。
「…私、やっぱり帰るよ。ひなに、顔を見せる資格なんて、私にはないよ」
踵を返し、元来た道を戻ろうとするみなこの背中に、稜は言った。
「…俺にとって、お前は友達だ」
「…」
「お前の過去を聞いたって、それは変わらない。きっと、ひなだってそうだ。俺たちは、だから…」
みなこの足が泊まる。
「だからさ、また、みんなで集まろうぜ。いつか、ひなも、みんなも、また笑える日が、来るからさ」
「…っ!」
美那子は崩れ落ちるようにその場に座り込むと、大声て泣き出した。




