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死神の君  作者: 広瀬倫康
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決壊

「稜くん。学校はどう?」

ひなはあれから学校は公欠、自宅療養となっていた。

もちろん体には異常はないのだが、三条が何かしらの手を回したのだろう。

「ああ。やっと工事が終わってさ。来週からまた多目的室が使えるようになった」

「そっかあ。でも、急に壁が崩れるなんて。怖いよね」

「…ああ」

ひなはあの時の記憶がないらしかった。

3人の死。あれは不幸な事故として片付けられ、学校と保護者の間で責任問題の追求が行われしばらくの間はドタバタしていたが、数ヶ月もすると大分落ち着き、授業も通常通り行われた。


「蒲原くん?あー…あの蒲原くんね。今日も休みみたいよ」

「そうか…」

「毎日毎日よく見に来るね。新発田くんって、蒲原くんと仲良かったんだ?」

「…いや、まあ…」

軽く礼を行って、稜は6組の教室を後にした。

あれから、蒲原マサキは学校に来ていない。

あの様子を見ている稜は心配でたまらなかったが、彼の家も、連絡先も知らないためなすすべが無かった。




マサキは震えていた。

部屋には内側から鍵をかけた。そうでもしないと、誰かを殺してしまいそうだった。

あいつらの声が耳から離れない。あいたらが叫んだ恐怖、苦しみ、悲しみの声。身が引きちぎれるような、痛み。

マサキは頭を掻き毟った。

あれは幻覚のはず。自分の脳が作り出した、幻。

ガタガタ震える自分の体を抱きかかえるようにして、マサキは引き出しから薬袋を取り出した。

それはだいぶ前に精神科医から処方された薬だった。親が世間体のために以後病院に通うことを許さなかったため、万一の時のために大事にとっておいたのだった。

「…」

袋から薬をすべて机の上に出した。それを片っ端から飲んで、マサキはベッドに倒れ込んだ。



真っ暗な部屋。

あれから何時間たったのか。マサキはぼんやりと目を開けた。体が重くて動かない。

何時だろうかと枕元のケータイを開いた。その時。

「…」

何か、声がした。また、あいつら、だろうか。

いいや、違う。これは両親の声だ。

「…どうして…もうすぐ…だって…」

「それは…も…って…」

よく聞こえない。マサキは体を引きずるようにして、ドアの前へと移動した。

「何のためにここまで我慢したと思うの!?いつになったら竜になるのよ!」

「落ち着きなさい。聞こえてしまう」

「あの子が竜になりさえすれば…マサキは治るのよ!今までずっと耐えてきたのに!もう待てないわ!」

「だからそのために、今まで綿密に計画を練ってきたんじゃないか。今焦ったら、全て水の泡だよ」

「でも…!」

「それに、彼女が蛇を発動させたのは、どうやらマサキのためらしい。我々の思惑通り、彼女はマサキを愛している。これなら、竜は間違いなく、マサキに向かうはずだよ」

「…そうね」

「大丈夫。竜さえ動けばこちらのものだ。やっと…やっとあの子から、解放される。我が息子の頭がおかしいなんて、そんなことは許されない。そのために金と時間をかけて、ようやくここまできたんだ。あと少し、あと少しだ…」

「マサキが治ったらあの子はどうするの?私、嫌よ。あんなこ汚い子が家に入ってくるなんて…」

「大丈夫。用が済みさえすれば、こちらでどうとでもできるだろうさ」


マサキは、全て聞いてしまった。

ズルズルと床に崩れ落ちる。体に力が入らない。呼吸が、できない。

「…は…はぁっ…はっ…」

マサキは胸を鷲掴んだ。痛くて、苦しくて、どうしようもない。

「父さん、母さん…」

憎しみが、彼を支配した。


―ブツン…


決定的な、何かが切れた。

「…全部…全部…」

マサキは自分の心が壊れる音を聴いた。

目の前が、真っ赤に燃え盛る。

「全部…偽物、だったんだ…」



「稜くん、学校でマサキ、どうしてるかな?」

日課になりつつあるひなの見舞い。彼女は空になった紅茶のカップを触りながら、稜に尋ねた。

「…なんで?」

「実はね、昨日、マサキから着信があったみたいで…夜中だったから、私、気付かなくて」

「ああ」

「それで朝起きてからかけ直したんだけど…いくら電話しても、出てくれなくて」

「本人も忘れてるとかじゃないのか?あ、もしかしたらケータイ落としたとか」

「…」

彼女は目を伏せ、不安そうにカップを両手で握った。

「…何か、嫌な予感がして…でも私、外に出ないように言われてるから、マサキのところに行けなくて。だから稜くんに様子、見てもらおうかと思ったの…」

「…」

稜は、言うかどうか迷ったが、マサキの病状の重さを見る限り、彼には彼女の助けが必要なのではないかと思った。そして、稜は自分の知る、彼の様子を話した。

「…それで、何回か教室にも行ってみたけど、学校にも来てないみたいで…」

「そんな…」

「ごめん、話すの、遅くなって」

ひなは困惑した様子で、ウロウロと視線を迷わせた。

「マサキ……稜くん、私、マサキに会いたい」

すっくと立ち上がると、ひなはそう言った。

「会いに行かなきゃ。マサキ、きっと苦しんでる…」

「…!で、でもひな、お前、自宅待機じゃ……」

「お願い、稜くん。お母さんには、言わないで」

ひなが稜に懇願するように言う。

「一人で行く。稜くんには、迷惑かけないようにするから。だからお願い、お母さんには黙って…」

「行くったって…ひな、彼の家がどこにあるかわかるのか」

「う、うん。実際に行ったことはない…けど、住所は、わかる」

「ふむ…」

稜は考え込んだ。ひな一人で生かせるのも心配だ。

おまけに家にはひなの母親がいる。看病というが、要は監視するためかもしれない。

ひなを家からだすには、どうしたらいいのか。

「…ひな」

「はい」

「俺、さっき足挫いちゃってさ、一人じゃ立てそうにないわ」

「…?」

「悪いけど、門のところまで肩貸してくれるか」

「!うん、わかった!」

稜の意図に気づいたのか、ひなが顔を明るくして頷いた。



「よし、行くぞ」

稜はひなの肩に手をかけ、片足が悪いふりをして玄関へと向かった。

そしてドアの取っ手に手をかけた、その時。

「あら?ひな?」

「!」

二人はどきりとして振り向いた。ひなの母親に見つかってしまった。

「ひな、どこへ行くの?」

ひなは固まっている。

「あ…俺、今足くじちゃったみたいで…」

「あら大変!今湿布を持ってくるわ」

「い、いや!大丈夫です!」

救急箱をとってこようとする母親を急いで止め、稜は予め用意していた嘘をついた。

「ほんと軽いものだし、歩けるくらいなので!ちょっとだけ肩、貸してもらってたんですけと」

な?と稜はひなに目配せした。

「そ、そうなの。お母さん、私、心配だから途中までお見送りしてくる。すぐ戻ってくるから」

「待って」

感付かれたか、と、ふたりはギクリとした。が、母親は稜に一本の傘を差し出した

「もうすぐ雨が降るそうだから、これ、持っていったほうがいいわ。また今度来た時にでも返してくれればいいから」

稜はほっとしてそれを受け取った。

やさしさを裏切るようで心が傷んだが、ふたりは家を出た。



途中、タクシーを捕まえて、マサキの家の住所を告げた。

彼の家はやはり有名らしく、運転手もあっさりと到着させた。

「すごい…」

「ああ…」

それは、思った以上に大きな家だった。二階部分には豪華なステンドグラスまではめ込まれている。

「…まずは、呼び鈴を…」

しかし、何度押しても返事はなかった。

「留守か?」

試しにそっとドアノブを回してみると、なんとドアが開いた。

「…!ひな、どうする…?」

「…入って、みようと思う」

ひなの意思は固いようだ。

「…じゃあ、俺はまず、ここで待ってるから。」

「えっ」

「もしかしたら家の人が帰ってくることもあるかもしれないしさ。それに、お前も、二人で話したいこともあるだろ?」

「…」

「何かあったらケータイとかで連絡を取り合おう。見つかったら一緒に誤ってやるからさ。安心しろ」

「…わかった」

ひなは重たい扉を開け、なかへと入っていった。


ひなを見送り、稜は持っていた傘を見た。母親は雨が降ると言ったが、そういえば今日は快晴で、降水確率ゼロ%だ。

怪訝に思い、傘を軽く持ち上げた。すると、中から小さな紙切れが落ちてきた。

拾い上げ、開いてみると、それは丁寧な字で書かれた、稜へ当てた母親からの手紙だった。


『私には、何が正しいことなのかわかりません。けれど、親は娘の幸せを願うものです。それだけは、間違いではないと思います。

ひなが選んだことでしょう。

私はあなたを信じます。振り回してしまってごめんなさい。どうか、ひなをお願い致します』


全て、お見通しだった。

その上で彼女は二人の芝居に乗っかったのだった。

稜は、ひなの母親を、彼女の心の強さを、侮っていた。



ひなはゆっくりと、奥へと進んだ。

部屋中のカーテンは締め切られ、中は薄暗い。

マサキの部屋は、何処だろうか。

広すぎる家をウロウロと彷徨っていた。

「見つかったら、警察に捕まっちゃうな」

不法侵入、の言葉が頭をよぎる。

しかしどうにも気になって仕方がなかった。

いつもは、彼はひなからの電話は直ぐにとる。都合が悪くてとれなくても、必ずその日のうちにかけ直してくるのだ。几帳面な彼は、不在着信の文字がいつまでも表示されているのが耐えられないらしい。ひなの気持ちを蔑ろにしているようで嫌なのだと。

「…」

それが、いつまでたっても、何度鳴らしても、返事が来ない。

何事もないならそれでいいのだ。勝手に押しかけた非常識な女だと罵られたっていい。むしろ、彼女は今、それが聞きたかった。

何もなかった。ちょっと、ケータイを見る気になれなかった、とか。ひなと話したくなかったから、とか。それでよかった。

「…!」

二階から、物音がした。ひなは階段を登った。


「…マサキ」

ひとつひとつ、部屋の扉を開けていく。

一つ目、いない。

2つ目、いない。

「…」

ひなは体が震えるのを感じた。

自分は、何かに近付いている。

あの、一番奥の部屋に、何かある。

ゆっくりと進む。体の震えは大きくなっていく。

ツンと異臭がした。

力の入らない膝をなんとか動かしながら、彼女はその扉を開けた。




「稜くん!ちょっとまずいことになった!」

聞いたことのないような三条の声。

稜の背中に冷たいものが走る。

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