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死神の君  作者: 広瀬倫康
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湧水

まりあと稜は徐々に距離を縮め、一部の生徒には二人は付き合っていると噂されていた。

しかし、二人の関係は、今のところはただの友達止まりであった。今のところは、だが。

「ねえ稜。このあと家に来ない?」

「家?」

「そ。今日、うちの親、帰り遅いの。どうかしら?」

まりあはいつも直球で勝負を仕掛けてくる。いつまでもはっきりしない稜にしびれを切らしたのかもしれない。

「…ごめん。今日は、無理だ」

そして稜は今回も、こうして肝心なところの答えをはぐらかす。

「俺、今日体調悪くてさ」

「ええー。稜ったら、またそれなの?」

「ごめん…。また、今度な…」



「うあー…しんどい…」

帰宅するなり、稜はベッドに倒れ込んだ。

体に不調を感じ始めて数ヶ月。良くなる兆しも見えずむしろ日に日に悪化していた。

「体が、重い…。なんだよ、これ…」

ひなと自分にだけ起きる、異変。特に、最近は稜の方が症状がひどい気がする。

「一ヶ月くらい寝続けたら治るかな…」

稜は青い顔で眠りに付いた。



翌朝、教室に見知らぬ生徒を見つけた。

ショートカットのよく似合う女の子。背が高く、華奢な体つきはどちらかといえば少年のようだった。

「……」

彼女が、扉を開けた稜を見た。

切れ長の目がきらりと光る。力強い視線。稜はつい、目を逸らした。


HRが始まって、担任が彼女を紹介した。

「転入生の、沼垂美那子さんです。急なことで、わからないことも多いでしょうから、みなさん手助けしてあげてください。では、HR終わりです」

担任が教室を出ていくと、早速女子生徒が彼女のもとに集まっていった。

「転入生、かあ」

ひなが言った。

「そう言えば、稜くんも元は、転校生だったんだよね」

稜の頭に、ある疑惑が浮かんだ。



昼休み。稜はいつものように、ひなとまりあと中庭で昼食をとっていた。

「こんにちは」

そこへ、件の転校生、沼垂美那子が現れた。

「狼森ひなさんに、山辺里まりあさん。それと、君は、新発田稜、くんだね」

美那子は確かめるように名前を呼んだ。

「良ければお昼、ご一緒してもいいかな?ひとりで食べるのは、寂しくてさ」

美那子は片手にもったレジ袋を掲げ、困ったように笑った。

今の彼女には、今朝感じたような迫力はない。

それどころか、改めて見ると彼女はなかなかの美人だった。

端正な顔立ちで、まりあやひなとはまた違う、中性的な魅力があった。

「もちろん!ここにどうぞ」

ひながにこにこと、横にずれて座る場所を作る。が、その隣に座るまりあが動かない。

「まりあ?」

「……」

まりあはじいっと、美那子を見つめている。

まるで品定めのようだ。気の強い彼女は気に入らないものには容赦なく態度に表す。稜はヒヤヒヤしながら見ていた。

「私じゃ嫌かな。山辺里、まりあさん?」

美那子がまりあを見返す。その目に、ぐっと力が増した気がした。

まりあは大きな目をぱちっと1度瞬かせると、うってかわってにっこりと笑ってみせた。

「いいえ。とんでもないわ」

まりあは自分の隣を指差した。

「どうぞ座って。一緒に食べましょ」

どうやら、美那子は彼女のお眼鏡にかなったようだ。


「美那子ちゃん。それ、購買の?」

ひなが袋を指差して言った。

「うん。パンを買ったんだ。こっちの学校は、購買が空いてていいね」

「あら。前のところは混んでたの?」

「男子が多かったから。いつもごった返していて、ろくなもの、買えたことなかったな」

美那子が苦笑した。

「そうなの。ここはクリームパンが名物なのよ」

「ここのクリームパンはね、いろんな味のがあるんだよ。カスタードでしょ、生クリームと、チョコと、抹茶と…」

「あと、小豆クリームね」

「へえー。どれが一番おいしいんだい?」

「違う違う。そのクリームが、1つのパンの中に全部入ってるのよ」

「全部!へえ、面白いね」

「おいしいんだよー。美那子ちゃん、甘いもの好き?」

「うん。大好きだよ。今度見つけたら買ってみるよ」

「じゃあ一緒に買いにいきましょ。私も久しぶりに食べたくなっちゃったわ」

「私も!あ、そうだ。私、お菓子持ってきたの。みんなで食べよ」

女三人が集まるとかしましい、と言うが…

三人は稜をおいてけぼりにして会話を進めていく。

一体どうやったらあれほど喋りながらものを食べることができるのか。稜はぼんやりと三人を眺めていた。

ひな、まりあ、そして美那子。

それぞれタイプの違う女の子が横一列に並んでいる。

まるで何かの攻略キャラ紹介画面だな、と稜はくだらないことを考えていた。

「あら稜。全然食べてないじゃない」

会話が一区切りしたのか、三人の目が稜に向く。

「稜くん、食欲ないの?」

「困った人ねえ」

「お菓子なら食べられるかな?」

ひながかわいらしくラッピングした袋を取り出した。

「フィナンシェ焼いてきたの」

「まあ美味しそう!でもダメよひな。お菓子はちゃんとご飯を食べてからじゃないと」

「そっか。そうだね。じゃあ稜くん、私たち、先に食べてるね」

「私フィナンシェ大好きなのよね。早くしないと全部食べちゃうわよ」

「!」

稜は慌てて止まっていた箸を動かした。

少し乾いた玉子焼きを口に運びながら横目で見ると、美那子と目があった。

「世話焼き女房が二人もいて、君は幸せものだね」

美那子が笑う。

その時、稜はふっと、自分の体が軽くなるのを感じた。



沼垂美那子が転校してきて一週間がたった。

「沼垂さん!おはよう!」

「美那子ちゃん、ここ、寝癖ついてるよ」

「あ!私櫛もってる!はい、使って」

今日も彼女の周りは女子で溢れかえっている。

「美那子ったら…朝からすごいわね」

稜の机に腰掛けながらまりあが言う。そういう彼女だって、朝からいろんな男子生徒に声をかけられているのだが。

「たまにいるのよね。ああいう、女子に好かれる子」

「え!あそこにいる子たちって、そうなの?そっち系?」

「それともちょっと違って…なんていうか、美那子って、女の子の理想とする男の子、って感じなのよね」

「…どう見たって女じゃないか」

「ほら、宝塚の男役を思い浮かべてみてよ。彼女たち、ゴツゴツした男性的な人、というより、綺麗な男の人を演じているでしょう?」

「あー…なるほど」

「少女漫画に出てくる男の子って大体そんな感じなのよ。女性ホルモンが多そうな…。平安時代の美男の条件は女性のそれとさほど変わらなかったっていうし。遺伝子のどこかに組み込まれているのかしらね」

「ふーん。お前にしちゃ、深いな」

「それで思い出したけど。稜、古典の課題、ちゃんとやってきた?プリントの提出期限、今日よ」

どうせやってないんでしょう?と言いながら自分のプリントを出そうとするまりあを稜は止めた。

「ちゃんと、渡されたその日に終わらせました!」

「あら…」

印籠のようにプリントを見せつける稜にまりあは驚いた。

「稜がまともに課題をやるなんて…岩石でも降るのかしら」

「俺だってやるときはやるんだよ」

「どうせ、稜のことだから適当に埋めただけでしょう?それ、授業で答えさせるって言ってたわよ。間違いだらけだと恥をかくんじゃない?」

「いやいや。大丈夫。ひなとやったからな」

「!ひなと、ふたりで…?」

まりあが一瞬、動揺を見せた。

「あー、帰り道に新しくできた喫茶店があってさ。寄ってみるついでに、課題手伝ってもらったんだよ」

「そう…」

まりあの顔が曇りだした。

「…私は、稜とふたりで出掛けたこと、ないわ」

まりあの言葉に、稜は面食らった。

初めてみるまりあの不安そうな顔。自分の心と戦っているようだ。

「…そういえば、そうだな」

「……」

「まりあは帰りの方向が違うもんな」

「…そうね」

「じゃあ、今度一緒にどこか行くか」

「ほんと?」

伏せていたまりあの目が、パッと輝きだす。

いつも彼女にぞんざいな扱いを受けている彼女のファンたちは、こんな彼女の反応を知ったら、一体どんな顔をするだろう。

「ああ。俺、まりあの家の方からでも帰れるし。一緒に帰って、どっか寄り道していくか」

「嬉しい!…楽しみだわ」


そんな二人の様子をこっそり見ていた美那子は、取り巻きの女子たちの会話にも上の空の様子で、何か考え込んでいた。



「稜くん。最近、顔色いいね」

いつもの帰り道。ひなが言った。

「ずっと具合悪そうだったけど、急に元気になったみたい」

「ああ。なんかやっと体が元に戻った感じ。ひなもだろ?」

「うん。私もすごく調子がいいの」

あれほどふたりを悩ませていた体の妙な異変が、なぜかぱったりと止んだ。

毎日毎日だるくて常に疲れていた状態だったのが、今では気力がみなぎり、体力が有り余るほどだ。下手をすると異変を感じる前より元気かもしれない。

「これでようやく、授業に集中できるよ」

「ひなは真面目だなあ」

「…あのね、稜くん」

「ん?」

「…私、稜くんの枷になってない?」

「何?」

「まりあの、こと」

稜はどきりとした。

ひなも気づいていたのだ。

「稜くん、優しいから…。気を使ってくれてるのかな、と思ったの」

「……」

当たっていた。

稜は、まりあを好きになりかけていた。

しかしそれでも一線を越えようとしなかったのは、この、今保たれている関係を崩して、ひなの心に負担を与えるのが怖かったからだ。

まりあの気持ちに答えた場合、きっと、今のようにひなとずっと一緒にいることはできないだろう。

「私、ふたりが付き合ったら、きっと、嬉しいと思う」

「……」

「ちゃんとお祝いするし、まりあとのノロケだって、楽しく聞けるし…だから…」

「ひな」

稜はひなを制した。

「考えすぎ」

「……」

「ひなのせいとか、そういうんじゃない」

「そっか…」

どこかほっとしたように、ひなが笑った。

「ごめんね、余計なこと…」

「いや…」

「まりあがね、稜くんとお茶しにいく約束したんだって、すごく、嬉しそうだったから」

稜は思い出した。

ひなは、自分の執着心で人を縛り付けるような人間ではない。

自分の優先順位が変わることよりも、相手の幸せを心から望むことができる。そういう人間なのだと。

「変な心配、させてごめんな。俺が、優柔不断なだけなんだよ」

「うん…」

「ひなは、そんなこと考えなくていい。気に病むことなんて、ないんだ」

並んで歩く二人の影。決して重なることなく、一定の距離を保っている。

出会ったあの時から、変わっていない。

「ちゃんと考えるから。答え、出すよ」

稜は、自分に言い聞かせるように呟いた。


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