オーダーメイド・ヒューマノイド
記者会見の場で、スポークスマンがにこやかに話を切り出した。
「当社の遺伝子操作技術が、世紀の大発明として、ついに実を結んだのです!」
会場がどよめく。
「タカハラ・ジーンテック・オーダーメイド・プロジェクトは、人間の性質を遺伝子レベルでコントロールすることで、期待される社会的役割に応じた、最適な人材を生み出すことに成功したのです」
記者の一人として会場にいた俺は、息を飲んだ。やはりあの噂はほんとうだったのだ。
スポークスマンは説明を続ける。
「元来、我々人間はどのような性質を生まれ持ち、どのように成長していくのかが未知数でした。しかも、自分の生まれてきた目的というものを、我々は誰一人として知らない。例えば、鉛筆ならば“書く”という目的のためにありますが、我々人間の場合は自分が何のために在るのかは、知り得ないのです。かの哲学者の言うように、“実存が本質に先立つ”のですから」
スポークスマンはサルトルを引用して見せた。心なしかドヤ顔をしているように見える。
「しかし、当社の技術を用いれば、人間はあらかじめ設定された目標に向け、遺伝子レベルで形成されるのです。目的に応じたオーダーメイドな人材を作りだす、夢のような技術なのです!」
会見から程なくして国内の企業が数社、タカハラ・ジーンテックと契約して、オーダーメイド・ヒューマノイドを労働現場で試用することを決めたと発表した。
開発に成功したばかりの貴重なサンプル個体が、それぞれの適性に応じた企業に振り分けられ、現場で運用されることになったのだ。
俺はその現場を取材することになった。
取材中に出会ったヒューマノイド達は皆、一見普通の人間と違わなかった。仕事ぶりは実に熱心であり、それぞれが自分の職に適したスキルと性格を備えていた。(営業ヒューマノイドは社交的であり、育児ヒューマノイドは心優しく、技工士ヒューマノイドは実直であった)
そして、これは取材を進めるうちに解ったのだが、どうやらヒューマノイド達は、仕事をすること自体に喜びを感じており、対価はあまり求めていないようだった。
程なくして、俺の職場にもヒューマノイドがやって来た。マスコミ向けのヒューマノイドが作られていたとは驚きだ。
取材記者ヒューマノイドは好奇心旺盛で、社交的であり、情報収集能力に長けていた。始め、俺は彼に好印象をもった。好青年だし、いい仕事をするからだ。
だが……。
「先輩、例の献金疑惑の件で、関係者の話が取れました」
「マジで?!」
「はい。エヌ氏の周辺を洗ったら現場に同伴していた女に当たりました」
「特ダネじゃないか……」
それは俺が追ってたネタだった。身内に先を越されるのはよくあることだが、何度もこういうことが続くと、嫌になってくる。
俺は彼の才能に嫉妬すると同時に、そんな自分に嫌悪を抱いた。
その感情は決して表に出さなかったが。
やがてヒューマノイドは成長促進技術により大量生産され、人々は労働力の大半をヒューマノイドに頼るようになっていった。彼らは少ない賃金でよく働き、ストレスにも強かった。肉体労働には屈強なヒューマノイドが、知的労働にはインテリヒューマノイドが採用されるのが当たり前になっていた。それぞれのヒューマノイドは自分の生まれもった才能と役割について理解しており、無駄なく生きていた。
俺は記者を辞めた。
自分には記者ヒューマノイド程の洗練された記事が書けないと悟ったのだ。
何しろ、彼らは生活の全てを、記事を書くためだけに捧げることに、何の苦痛も感じないのだ。
俺が息抜きに散歩をしたり、仕事に直接関係のない本を読んだりする間にも、ヒューマノイド達は取材して、執筆しているのだ。しかも文才も社交性も、文字通り血統書付きときている。
俺は自分が記者である理由を失った。
……いや、そうではない。俺が記者である理由など、始めからないのだ。人生の途中で、たまたま記者になることを選んだ、ただ文章を書くのが比較的に好きなだけの人間に過ぎないである。
ヒューマノイドは今日も、自分にあらかじめ与えられた“本質”に沿って、幸福に働く。
在りもしない“本質”を探して当てどなくさ迷う人間を憐れみながら。