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俺は『死末屋』名前はまだ無い

一章『死末屋』です。

俺がバカだった、すいません。

面白い、と思ったなら感想ください。

単品で最後まで書き上げると思います。

十字路の角を曲がると、校門が見えた。

入学当初は色鮮やかに映った景色も、2ヶ月も経てば新鮮さをなくしていた。

津辻北高校と書かれたプレートが掛けてある校門をぬける。

そのとき今の時期には珍しい強い風が吹き、腰程度まで伸ばした髪が舞った。

舌打ちをしつつ、髪を直す。身だしなみには気を遣っているつもりだ。

髪を押さえながら昇降口に入り、上履きに履きかえる。廊下の突き当たり、1-Cと書かれた教室に入った。

この高校には1学年に5クラスあって、1年は建物の構造上A、B、Cまでが1階。D、Eが2階にある。

教室に入ってクラスメイトと一言、二言会話を交わし自分の席に着く。

一ヶ月前にくじで決まった席で、運よく窓側後方の位置を手に入れられた。

鞄を下ろし、ふと窓の外を見た。

今日も変わらない、ありふれた街だ。

津辻つつじ市。

人口は15万ほどで、都会というわけでもなく、かといって田舎でもない。なんの変哲もない市だ。海に接しているので時折風が吹くと塩の香りがする。

最近は海の綺麗さを目玉にして観光地として売り出しているらしい。

都市化が進むということも無く、皆穏やかに生活を送っている。

どこかで誰かが笑い。どこかで誰かが幸せになり。どこかで誰かが落ち込み。どこかで誰かが悲しみ。どこかで誰かが泣き。どこかで誰かが怒り。どこかで誰かが出会い。どこかで誰かが恋をし。どこかで誰かが別れ。どこかで誰かが蹴落とし。どこかで誰かが這い上がり。どこかで誰かが呻き。どこかで誰かが嘆き。どこかで誰かが歓喜し。どこかで誰かが感嘆し。どこかで誰かが野心を抱き。どこかで誰かが裁かれ。どこかで誰かが恐怖し。どこかで誰かが希望を抱き。どこかで誰かが絶望を知り。どこかで誰かが生まれ。どこかで誰かが死ぬ。

そんな当たり前のことが当たり前の如く当たり前に行われる日常。

そんな日常に不満なんて無かった。

もちろん、親がうるさかったり、学校の先生に気に入らない奴がいたりしたけれど。

しかしそれでも、非日常を望んだりはしなかった。

親が事故でいなくなってしまった時も。

多くは無いけれど、少なくも無い日常の一例に、運悪く当てはまってしまっただけだ。

そう思った。

親がいなくなってからも、日常は続いた。

小学校を卒業し中学校に行き、中学校を卒業し高校に行く。

変わったこともあったけど、非日常というほどではない。

「おっはー!杏里!」

自分の名前を呼ばれ振り向くと、そこには幼稚園からの友達―――いわゆる世間一般で言う幼馴染―――の野田亜美のだつぐみがいた。

髪は肩口で切りそろえられ、右の即頭部で括られている。

スカートからのびるすらっとした足は健康的に焼けていて、よく似合っている。

大きく開かれた目は自信の活発さを表すように爛々と輝き、少し小柄で、その幼さの残る顔立ちも合わさってまるで小動物のよう。それも活発に動き回る猫のようだと思った。

「おはよう。亜美」

「むー?元気が無いなぁ?」

首をかしげる姿もとても可愛らしい。

亜美は結構モテる。

事実、今もこちらに視線を送っている男子が何人かいる。

本人は全くそういうことには興味がないようだが。

「おまえのテンションがおかしいんだよ」

ため息をつきながらツッコミを入れてきたのは、もう一人の幼馴染である九条直人くじょうなおとだ。いつも亜美に振り回されている苦労人である。

黒い縁のめがねがよく似合っていて、とても頭がいい。

特に勉強をしているわけではなさそうなのに、上位をキープしている。

よく試験前に勉強を教えてもらっていた。

これは秘密だが、彼は密かに亜美に好意を寄せている。何度も発破をかけたのだが、告白に踏み出せないでいて、見ていてとてもいじらしい。

そういうものなのかもしれない、と割り切ってはいるが。いかんせん自分は恋をしたことがないのだ。

「そうなのかな?まぁいいや、それでね―――」

いつものように会話に花を咲かせる。昨日のテレビの話しや、今流行のバンドのこと。今噂されてる都市伝説。なんでも、死んだ猫が飼い主に会いに来るという話らしい。

変わらない。けれど心地いい時間だった。

そのうちに時間が来て、HRが始まる。

授業があり。

昼食を食べ。

また授業があり。

放課後友人と遊びに行き。

家に帰って宿題を片付け。

夕食を食べ。

風呂に入り。

歯を磨き。

テレビを見て。

そして寝る。

全くいつもと変わらない。

これからも変わることが無い。

そう思っていた。

だから、私―――日野坂杏里ひのさかあんりは人生において当たり前ではないこと、つまりは非日常というものに望みは抱いていなかった。

終生、抱く事も無かった。

ただ、―――憧れてはいた。

アイドルに憧れるように。

夢見るように。

望みはしなかったが、憧れた。

心の深くで、心の奥で憧れていた。

―――私が輝ける、主役でいられる日常。

そんな非日常に憧れた。


「はぁ……はぁ……!」

息が荒い。一心不乱に走り続けて足が痛い。

それでも立ち止まれない。

(逃げなければ……!)

逃げなければならない。その思いだけが体を動かし続けた。

後方からはカンッ、カンッと、金属同士が当たる音が聞こえる。

さっき見たときは3メートルはあったはずなのに、なのに何故?

(何故、路地裏にまで入ってこれるのよ―――!!)

今自分は人一人が入るだけで十分な、ともすれば体つきのいい男なら入れないかもしれない路地裏を走っているのだ。

なのに3メートルはあったはずの『何か』が入ってこれるというのはありえない。

カンッ、カンッと、金属音が時折するだけで、建物を壊して来ているわけでもない。

確かに自分は非日常に憧れたが、流石にこれは無いだろう。それとも、これを倒して主役になれとでも言うのか?

(無理無理無理無理無理ー!!)

自分はしがない一般人。武道の心得などあるわけもない。

憧れはした。

しかし、憧れただけであって、望んだわけではない。

夢見る年頃なのだ、自分は。

それなのに。

(どうしてこうなったのよ―――!)

その問には誰も答えてくれそうにない。

杏里は走馬灯のように今日のことを思い出していた。


「うあー……」

と、うめき声と共にベッドの中で目が覚めた。

まず部屋を出て顔を洗う。

両親が死んでからは1人暮らしをしている。元々住んでいたところをそのままつかっているので、1人だととても広く感じる。

両親がいなくなってしまった当初はこの広さが寂しかったが今ではすっかり慣れてしまった。

キッチンに行き朝食を作り始める。今日は無難に、昨日の夜作っておいたサラダと、目玉焼き。そしてトーストだ。ほかに何かないかと冷蔵庫の中を探すが食材が切れていた。今日買って来なければならないな、と思いつつ朝食を作っていく。

時折親戚が様子を見に来るが、家事は全て自分でやっているので手馴れたものだ。

朝食を食べ終え、歯を磨き、制服に着替える。

着替え終わったところで、ピンポーンと音が鳴った。

どうやら亜美が来たようだ。毎日ではないが、たまにこうして一緒に登校しているのだ。

はーい、と返事をしてドアを開ける。

「はろはろー!杏里!」

「よお」

今日は珍しく直人もいた。挨拶に覇気がないところを見ると朝からお疲れのようだ。

主に亜美のせいだろう。

「ホントにテンションが高いわね。疲れない?」

「ぜんっぜん!安心して!」

「むしろ疲れてくれたほうが僕としてはいいんだけど……」

などと、他愛もない会話を楽しみながら学校に行った。

HRもつつがなく終了した。

授業中、亜美がなにやら熱心に何かしていたが、教師にあてられた時問題が解けなかったので少なくとも勉強ではない。亜美が勉強をするなどありえない。

亜美の横の席の直人を見ると、胃が痛そうに腹を抱えていたので、碌なことではないのだろう。

昼休みに聞いてみたが、どうやら夜中学校に忍び込むルートを書いていたのだとか。

本当に碌なことじゃなかった。

本人は絶対に必要なことだ、と言い張っていたが。

そして午後の授業も終了し、放課後。

どこか遊びに行かないかという話が持ち上がったのだが、食材を買いに行かなければならないと断り、すぐに家に帰った。

今度埋め合わせしなきゃダメかな、などと思いつつ買い物の用意をした。エコには気を配りバックを持参する。最近は環境問題が深刻になってきた。

そして港近くの商店街まで買い物に行った。

最近は過疎化が進んでシャッターを閉めているところが増えたが、それでもここいらに住んでいる人たちにはなくてはならない場所だ。

そこでとりあえず二日後の休日まで持つであろう分だけ買った。

ふと、潮風に吹かれるのもいいかもしれないと思い、帰り際に港の倉庫近くを通ろうとして『それ』をみつけた。

倉庫を少し行ったところにある開けた場所でみつけてしまった。

形はかろうじて人型と呼べる程度ではあった。

ただし、3メートルを超す体躯。頭はつぶれて体と一体化している。

一番目を引く、人の胴ほどもある太い腕。

しかし、腕とは対照的に小さい足。

ひどくアンバランスな姿だった。

その体を確認すると同時に、足元に黒い物があるのが見えた。

それはもはや原型が分からぬほどにグチャグチャにされた、人間だった。

手だけが潰されずに残っていたので元が人間だと分かったが、それが無かったら人間とは思えないだろう。

だから、それが人間だと分かった時。

「ひっ……!!」

と、声を出してしまった。

その声で巨体がピクリと反応し、こちらを見た。

蛇に睨まれたカエルのように硬直し、動けない。

「グオオッ!」

と、怪物が上げたその咆哮で、体の硬直が解けた。

すぐさま体の向きを変換、その場から逃走した。


そして今に至る。

(こんなことなら、倉庫になんて来るんじゃなかった―――!!潮風に吹かれるのも良いかもしれない、じゃないわよ!!)

そう思っても、もう後の祭り。

買い物袋はどこかに落としてしまった。どうでもいい。背に腹はかえられない。

ただ、走りつづける。逃げろ、と本能が言っている。立ち止まってはだめだ、と。

幸い、むこうはそれほど足が速くないようで、追いつかれることは無い。

だが、遅いというわけでも無く、離せないままでいた。

(なんで!なんでなんでなんで!どうして私がこんな目にあうのよ!こんなことで!こんな望んでもいない非日常なことで死ぬなんて!!絶対に嫌!!)

あふれ出るのは生への執着。

生きたい。生きたりない、という渇きだった。

しかし、運命は非常である。

「きゃぁっ!!」

考え事をしていたせいか、躓いて転んでしまった。

すぐに立ち上がろうとするが腰がぬけてしまったようだ。立つことが出来ない。

「ああ……うぅぅ……!」

振り向くと驚愕した。同時に疑問も解けた。

怪物はなんと、壁を張っていたのだ。

あれならば確かにあの巨体でも、おうことが出来るだろう。

「グルルルルゥ」

獣のようなうめきを上げて、巨体が近づいてくる。

(こんなところで死ぬの?こんなこんな……)

ふと脳裏に浮かんだのは、幼い頃の自分と両親。そして幼馴染の姿だった。

ついに、すぐそこまで怪物がやってきて、腕を振り下ろそうとしていた時だった。

「あんた、生きたいか?」

そんな声が聞こえた。

重圧に耐え切れぬ精神がその声を作ったのか。ただ、願望が出てきたのか。

それは分からなかったが、応えなければならないような気がした。叫ばなければならないように感じた。

「生きたい!生きたい生きたい生きたい!!」

あらん限りに叫んだ。叫ぶしかなかった。

恥も外見もなく。ただただ叫んだ。

生にしがみつくために。日常に留まるために。

―――誰かに頼みごとをするように。

確かな思いを込めて、叫んだ。

「―――了解。その依頼、引き受けよう」

その声が聞こえた次の瞬間には怪物の巨体がバラバラになっていた。

太く頑丈そうな腕は見る影もなくずたずたにされ。足は原形もとどめないほどに潰され。巨体はただの肉塊となった。

自分を死のふちまで追い詰めた怪物は、本当にあっけなくいなくなった。

断末魔さえなくこの世から消滅した。

「ああぁ……ええぅぅぇ……?」

目の前の光景は到底理解できるものではなかった。突然のことに思考が停止していた。

目の前で起こったことに脳がついていけなかった。

突然の出来事に呆然としていると、怪物の死体のすぐ傍にすたっと、人が降りてきた。

倉庫の屋根から飛び降りてきたのだろうが、その行動はあまりにも軽い。まるでちょっとした段差を跳んだようだった。

(ありえない。倉庫の屋根までは15メートル近くあるのに―――)

ふいに、人がこちらを向いた。その人は杏里と同い年ぐらいの少年だった。

その少年を見た瞬間―――ドキリ、と心臓がはねた。

月光に照らされ薄く青がかった髪。端整な顔に、相手を射殺すような冷たい瞳。まるで自分が見透かされているようで、どことなく居心地が悪い。

だが、そんな彼に杏里は魅入った。初対面のはずなのに、何か強い繋がりがあるような。そんな不思議な感覚だった。

ザッと、少年が踏み出してきて、体は思い出したように警告を発する。

そんな自分を見て少年は口を開いた。

「よう。『依頼主』サマ。大丈夫か?」

それはさっき自分に生きたいか?と問いかけた声だった。

いつの間にか彼はさっきの冷たい顔ではなくて、優しそうに微笑んでいた。

まるで無垢な子供のように。

「あ、あなたは―――?」

その問で彼の笑みが、いたずらを思いついた子供のように深くなった。

「はじめまして。『依頼』ありがとうございます。俺は『死末屋』。名前はまだ無い」

にっこりと笑う彼はまるで物語の中の騎士様みたいで、杏里は知らず内に安堵した。

安堵して、張り詰めた緊張が解かれた瞬間、杏里は意識を手放した。

気絶する前に最後に見えたのは、優しく微笑む彼。

「―――覚悟しろよ。おまえは地獄に片足を突っ込んだんだ」

しかし、彼の姿はまるで死神のようだった。

こうして、日野坂杏里の日常は終わりを告げた。



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