気まぐれな本
久しぶりの童話集更新です。ただ、今回のお話は童話はまったく関係ないです。
多くの人間に読まれた本は稀に感情を持つことがあるという。人々はその本を『原典』と呼び、禁書とすることで封印した。これは本が二つの国の命運を左右したお話。
時代は中世、場所はヨーロッパのとある国。印刷技術が普及し、民衆の中に本というものが広まり、多くの良書が世に送りだされた時代。この国も例外ではなく、国民の大半が『本』と言うものに夢中になった。
人々は多くの物語を、知識欲の赴くがままに読み漁り、行き過ぎた理想を抱くようになっていった。女性は「サンドリヨン」のような出会いと結婚に憧れ、男性は「白雪姫」みたいな女性を理想像としていた。
その国の王は瞬く間に広がった「本」という存在を快く思わなかった。それもそうだろう、今まで民衆のことを支配してきたのは自分であり、他国に侵略されずに平和と繁栄をもたらしたのも自分だと自負していたのだから。王は「本」に嫉妬に似た感情を抱き、国民に本を読むことを禁じてしまった。それだけならまだいいのだが、今度は「本」をこの国から一掃してしまおうと考え、国の中心にある広場へ本を集め、国民の目の前で一気に燃やした。
この出来事を境に、王に対する民衆の信頼は一気に失われ、いつしか王に付き従うものはいなくなり……文字通り「裸の王様」となった。
同じ頃、昔からこの国と領土争いを繰り広げてきた隣国でも、民衆の間に「本」が急速に広まった。この国でも、本の世界に対する憧憬が民衆を支配し始めていた。
この国の王は、家臣に国に広まっている「本」というものを調査させ、王自身も数多くの本を集め、読み耽った。王は、三日三晩夢中になって読み続け、四日目の朝にとある布告を出した。それは、王立図書館を造るということだった。民衆にとって高価なものだった本が無料で読めると言うことを聞き、喜び勇んで図書館建設に協力した。図書館は、王宮の隣に造られ王自身も足を運んだ。いつしか図書館は、王に会え、直接意見を言える場となり、王も民衆の言葉を柔軟に取り入れ国力も大きなものとなった。
いつしか二国間の力関係は逆転した。だが、隣国の様子が気に入らない王は、自分の国より大きくなっている国に対して戦争を仕掛けた。片や民衆や家臣に見放され、付き従うのは一部の側近だけの孤独な王と、本を利用し民衆の支持を受けた王……結果は火を見るより明らかだった。敗者は勝者によって放逐され、今まで本を読むことのできなかった者に対して、再び本という一種の「褒美」を与えた。
王は自分のしたことが成功を収めたことで、新たな土地でも同じことを始めた。無論その国の図書館にも足を運んだのだが……新たな土地を得てから一年ほど経ったとき、敗れた王に付き従っていた一部の側近の手によって暗殺されてしまった。
本をないがしろにしたがために滅んだ王と、本を大事にしすぎたあまり殺された王。どちらの王にも言えることは、本に振り回された人生だったと言うことだけ……今この瞬間にも気まぐれな本によって、人生を振り回されている人がいるかも知れない。