蝋人形の本
一日更新を目指していたのですが…
と、とにかく最新話です。
夏の暑い日、天狛宗一はヨーロッパを訪れていた。特にこれと言った理由も無く、暑い日本の夏から逃れて避暑をしたいというのが目的だった。
ヨーロッパに来て二日目、彼は地元にある人形館に行ってみることにした。ホテルの人は、昔の支配者が自分の趣味で作った蝋人形を展示している事、地元の人は常に薄暗いことを気味悪がって、あまり近づかないことを宗一へ言った。
そこは宗一の宿泊しているホテルからは少し遠く、電車とバスを乗り継いでやっと辿り着ける場所だった。あたりは昼間だと言うのに薄暗く、まるで密林の中にいるように思えた。
(確かにこれじゃあ誰も近づかないよな)
と宗一は思ったが、次の瞬間には立ち止まっていてもしょうがないと思い、先へ進むことにした。人形館の入り口まで来たとき、宗一は扉が閉まっていることと、一冊の本が置いてあることに気付いた。そして本の近くには木の看板がかかっていた。宗一は近づいていき、木の看板を読んだ。そこには本を手に取れば扉は開くと書かれていた。宗一はその仕掛けに若干の疑問を覚えながらも、本を手に取り…いつの間にか読み始めていた。内容は…こんな感じだった。
昔このあたりを治めていた男がいた。その男は見事な青髯を生やし、青髯男爵と呼ばれていた。その彼は、女の人に興味が全く無かったわけではないが、美少年が好きだった。常に自分の屋敷には美少年を囲い、自分の周りの世話をさせた。
あるとき、男爵は醜く成長してゆく一人の少年を見ながら思った。美しい少年のまま成長が止まってくれたらと。そして、成長をとめ美しく保つ方法があったら知りたいと神に祈った。
その祈りが通じたのかは判らないが、彼が付近を散策しているときに一冊の本を見つけた。立派な革張りの本で、表紙には『蝋人形の本』と書かれていた。彼はすぐさまその本を屋敷に持ち帰り、読みふけった。内容はただ蝋人形の作り方が記してあるだけで、そのほかに特別な記述があるわけでもなかった。
男爵は、すぐさま本に書かれている方法を実行に移した。使っていない地下の部屋を改造し、いくつかの拘束具を置き、一人の少年を呼んだ。少年はこれから自分に降りかかる運命など知る由もなく、地下までやってきた。
男爵は疑われてはいけないと思い、少年に優しく接した。そうして少年が油断したときを見計らい、気を失わせた。気を失わせてからは簡単だった。少年を殺し、体内のすべての血を抜き、血の代わりに少年の体内に熱い蝋を流し込んだ。そして流し込んだ蝋が冷えて固まった時、一体の人形が誕生した。
男爵はその人形のあまりの出来栄えに、快感を覚えた。美しいときのまま時を止めた少年…男爵が自分の求めていたものを手に入れた瞬間だった。それからと言うもの男爵は、いかに効率よく蝋人形を作れるか研究した。実験体は屋敷にいた少年達だった。様々な方法で地下室へ連れてきては、蝋人形へ変えていった。
程なくして、男爵は屋敷内の少年達をすべて蝋人形と変えてしまった。ただそこで男爵の欲求が収まるはずも無く、今度は街で美しいと評判の少年を数多く屋敷へ雇った。ただその雇われた少年達も一年と生きてはいられなかった。
男爵は自分の願いだった「美しいまま時を止めた少年」を手に入れた。ただその幸福も長くは続かなかった。
始まりは一人の街の住人からの通報だった。街から美しい少年だけが姿を消したと。そして、この地域を管理する役人が調査に乗り出した。程なくして、消えた少年の親から青い髯を生やした男に雇われていったが帰ってこないという情報を手に入れた。
とある夜、役人が街を見回っていると、今にも少年を誘拐しようとしている男の集団を見つけた。男たちは役人を見つけるや否や、すぐさま少年を抱えて逃げ去ろうとした。だが、一人の男が役人に脚を撃たれて捕まってしまった。
役人はその男が死なないように、撃った脚に手当てをして役所へ連行し拷問した。拷問は三日三晩続いた。男も厳しい拷問を耐えた。ただ四日目に音を上げ、すべてを自白した。
役人はその情報を元に男爵の屋敷に踏み込み、男爵を捕らえた。そして役人は、屋敷の中の状況を見て絶句した。屋敷のいたるところに完全な人型の人形-蝋人形に変えられた少年達-が配置されていたからだった。
男爵はその後裁判にかけられ、様々な罪で絞首刑に処せられたという。
宗一は読み終えたとき、この屋敷がその男爵の屋敷だと気付いた。そして気付いたときには、屋敷の中に取り込まれていた。
その後、その日本人旅行客の姿を見たものは皆無だった。