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番人の本

この童話集、童話と言っていいものなのだろうか…


今回はまた少し違うテイストで書いてみました。

 暗い夜道に立つ一軒の本屋。そこはこの世のありとあらゆる読んではいけない童話を集めた場所。だが、この店がというよりはここに置いてある本が放つ存在感-魔力と言ってしまってもいいかもしれない-が道行く者を引き寄せていた。


 この店に足を踏み入れる多くの人間は、必ずと言っていいほど童話を買っていくか立ち読みしていく。ここまでなら普通の本屋となんら変わる事の無い光景。だが問題はこの後にあった。買っていったものは三日以内に返品に訪れ、立ち読みしていったものは青ざめた顔で店を後にする。そして…例外なく数日以内に死を迎える。他殺、事故死、自殺…死因は様々だった。幾度と無く警察がこの本屋を訪れ、話を聞いていく。そこで少しでも童話に目を通してしまうと、警官さえも死んでいった。本を押収しても、次の日には元あった場所に戻ってきていた。


 このためにあらぬ疑いをかけられ、拘置所に入ったこともしばしばある。なので店主は自分が映るように店内に防犯カメラを設置したほどだ。だがこの店主は…


 店主がまだ大学生だった頃まで話は遡る。彼は本が大好きで、毎日大学の図書館に通っては日がとっぷり暮れ、閉館するまで本を読んでいた。そこで彼は一人の女と出会った。…これが今に至るすべての始まりだった。


 彼はその女に惹かれていった。清楚な服装に、長く艶やかな黒髪。童話の世界に出てきてもおかしくないような美女だった。そのときから彼の図書館へ足を運ぶ目的が変化した。本を読んでいても、女のことが頭をよぎり、無意識に彼女の姿を探していることさえあった。


 あるとき、彼は外国の童話のみを集めた区画で探し物をしていた。そこで目当ての本を取ろうとしたとき…例の女と手が重なった。お互い反射的に手を引き…彼は本を譲った。彼女は少し申し訳なさそうにしながらも彼の好意を受け取った。


 数時間後彼が別の童話を読んでいると、後ろから自分の名前を呼ぶか細い声が聞こえてきた。彼は慌てて振り向くと、そこにはさっきの女が立っていて、お礼を言いながらさっきの本を差し出してきた。彼は本を受け取りながら、自然と話かけていた。むしろ女のほうから、話しかけなければいけないような雰囲気が漂っていた。


 最初は興味本位だったものが、次第に好意へと変わり、最終的に彼女に対して恋心を抱いていた。それは彼女のほうも同じだったのだろう、二人はどちらから告白するでもなく…付き合い始めていた。まるで童話の主人公のように。


 二人は図書館以外で会う事は無かった。最初は彼も若干不満だったが、お互い本が好きでなのもあって図書館にいると会話が弾んだ。自分の読んだことのある本を薦め、薦められる。何度かそんなことを繰り返しているうちに彼も不満を抱くことは無くなっていった。


 彼女と付き合い始めてから二年経ったとき、彼女が十冊ほどの本を持ってきた。ここまではいつもの流れだった。彼は本の詳しい内容を聞くことなく本を開こうとしたとき…彼女が「その本でいいの」と聞いてきた。でもそんなことは一割も耳に入ってなくて…その本を開き読んでしまった。その本のタイトルは…


 このときから一生を懸けて原典と呼ばれる本の守人となった。彼女はそれを見届けると、童話の世界へ消えていった。彼女が出てくる童話はわりとすぐに見つかった。なぜならその本は世界的に有名で、数多くのリメイク版が出ているからだった。


 彼は自分の運命を決定した原典と出会い、原典を読むことで訪れる死の運命を克服した。確かに最初の頃は限られた者しか立ち入ることのできない領域に足を踏み入れたようで、歴史上のどの偉人たちより多くのことを手にできるようで興奮していた。だがそれもひと時の泡沫のような儚い…思いだった。


 こうして彼は次第に「言葉」を忘れ、「喋る」という行為を忘れていった。彼には原典の番人として必要の無いものなのだから。原典の番人は、本の特徴、内容そしてそれが読むものにとってどんな死を与えるか知ってさえいればいいのだから。無駄な警告などをする必要はない…原典の魔力に抗える者などいやしないのだから。彼が読んだ「番人の本」は、「死」という運命を与えない代わりに番人として必要のないもの-言語や情などといった人が持つべき心-を徐々に、長い年月をかけ…奪う本だった。


 だから彼は、原典の魔力に惹かれこの本屋に入ってきた者がいても、その者がどのような形であれ原典を読もうとしていても、警告はしないし…できない。ただ原典が焚書されないように本の場所を…守るだけ。ただそれだけの存在。それだけの為に…原典によって生かされているだけの存在。番人として必要の無くなったときは…今も彼はそうならないように、この場所で原典を守り続けている。

この童話集を始めたときから、一貫した設定が一つだけあり、今回はその少しを出しました。


この童話集もここで折り返し地点。残り五話ですが、童話じゃないところは大目に見てください。

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