痛みを与える本
これを読む方へ注意事項です。
この作品は、少し残酷な表現を含みます。なので読まれている途中に気分が悪くなっても、作者はなんら責任は取れません。そういうのが苦手な方は、読まないことを推奨いたします。
とある冬の寒い日の夜。会社帰りの彼-天狛宗一-は一軒の本屋に立ち寄った。特に目的は無く、ただ目の前に本屋があり、入ってみようかなと思ったからだった。
寂れた本屋。普段の彼なら間違いなく立ち寄ることの無い場所だった。ただ、彼を惹き付けるだけの存在感がそこにはあった。店の中に入り、店内を物色するように宗一は歩いた。そして彼がちょうど童話のコーナーに足を運んだとき、一冊の埃をうっすらと被った本が真っ先に宗一の目に留まった。その本を手に取り、埃を払いタイトルを確認して……宗一は驚愕した。そして、彼は何かに憑り付かれたかのようにその本を読み始めた。その間宗一は、自分がまだ中学三年生の頃のことを思い出していた。
宗一には二つ年の離れた妹がいた。妹の名前は悠。今で言う中二病患者というやつなのだろう、外ではそうでもないらしいのだが……家の中ではゴシック調のドレスを常に着ていた。ただ兄と共通していることは、目の色が左右違うこと。学校などに行くときはカラーコンタクトをして誤魔化してはいるが、家の中ではカラーコンタクトは外して生活していた。色は右が黒で、左が深緑。父親と母親は目の色が左右で違うことも無いので、隔世遺伝というものなのだろう。父親のお祖父さんがそうだったらしい。
あるとき両親が二人で旅行に出かけ、兄妹二人きりの日があった。当然二人には自炊するという能力は持ち合わせて無かった。そのため家に妹を残し、コンビニに向けて出発していた。そして、コンビニで食料を買い後は帰るだけというときに、本屋を見つけた。ただそこに立っているだけの古い本屋。ただそのときの彼には不気味だとか思うことは無く、好奇心だけが彼を占めていた。
その本屋は、本がうず高く積まれていた。最近発売されたばかりの新書から、古びた本まで様々な本があった。彼は店内を歩くだけにしようと思いながら、本を見て回っていた。推理小説、ライトノベル、雑誌…それらの本を一通り見終え、童話コーナーに足を踏み入れた。そこで彼は一冊の本を視界の端に捉えた。革張りの表紙に筆記体でなにやら文字が書かれていた。彼はその本を手に取り中を確認した。その本はただの童話で、表紙は筆記体で書かれているのに中身は普通に日本語で書かれていた。
気付けば彼はその本を購入していた。どうして買おうと思ったかわからなかったが、夢見心地のままその本をレジに出していた。でもそのことを深く気にすることなく、家路を急いだ。
そうして、家に帰り買ってきたものを食べ、お風呂に入り…後は寝るだけとなった。ただ、今日は両親がいない日。いつもは母親と一緒に寝ている妹も一人で寝るのは怖いのだろう。「お兄ちゃーん…一緒に寝てもいい? 」と今にも泣きそうな表情で聞いてきた。
当然彼は二つ返事で承諾した。ただいつもとは違う状況に、彼も妹もなかなか寝付けなかった。そこで彼はさっき買ってきていた童話集の存在を思い出し、妹にこう提案した。「寝付けないなら、童話でも読み聞かせてあげようか? 」と。
妹は「こ、怖いのは駄目だからね? 」と涙目で言っていたが、その提案を断ることは無かった。そこで彼はリビングから本を持ってきて再び布団の中に入った。そして、一番最初に書いてあった童話を読み始めた。
「昔、ある国の小さな村に一人の少女がいました。貧しくも無ければ裕福でもない普通の家に生まれた彼女は、健康に、周囲の人に愛されながら成長していきました」
最初はのどかな風景や村での生活のことが書かれていた。だが、その部分がたまらなく退屈だったのだろう。妹は兄が読む声を聞きながら、いつの間にか寝てしまっていた。兄も最初は気付かず読んでいたのだが、隣からかわいい寝息が聞こえてきてそこで初めて妹が寝たことに気がついた。童話に目を戻すと、話はちょうど真ん中位で、近くの国で戦争が始まり村にも敵が攻め込んでくると言う場面だった。幸い次の日は祝日で学校が休み。好奇心に負け、あと半分だけと言い聞かせて読み続けた。
次の日の夕方、両親は旅行から帰って来た。「ただいまー」と玄関先で言うも、家の中からは反応が無かった。両親はそのことに疑問を持ちながらも、とにかく荷物を降ろしてから、まだ寝ているのなら起こせばいいかと決め、リビングへと足を踏み入れた。ただ、両親はそこから一歩も動くことはできなかった。なぜなら、リビングは…
強盗が入ったかのように荒らされ、床は血まみれだった。
そんな非日常の光景を目の当たりにし、立ち竦んでいた両親は我に帰り、子供たちは無事だろうかと焦り家中を探した。程なくして、寝室で血まみれのまま倒れている二人の姿があった。一人は息絶え、もう一人は微かにだがまだ息はあった。
両親は救急車を呼び、病院へ行った。そしてその日の夜、両親は二人が倒れていた寝室で一冊の本を見つけた。そして中身を最後まで見て…
その本の内容は、前半は宗一が読んだとおりだった。ただ後半は、こういうものだった。
「戦争は終結し、その村も例外なく敵に占領された。そして、新たな領主となったものは村に対して過酷な仕打ちを課した。村の若い男は労働を強制され、子供・老人の区別無く敵の兵士の娯楽として殺され、若い女は兵士らの慰みものとなった。少女も例外ではなかった。ただ他の女と違う点は、その美貌ゆえに領主のものとなったことだった。そして村の民はその少女に希望を賭けた。彼女が村の人々から頼まれたこと…それは領主を殺すことだった。」
ただ両親が読めたのもここまで。読んでいる途中のあまりにもリアルすぎる挿絵に気分が悪くなったからだった。
そして、妹の葬式を終えたとき両親は残された息子である宗一に話を聞いた。彼は物語が次のように終わっていると両親に話した。
「警備の硬い寝所に唯一入れる村の人間だった彼女は、村を救うためと言われ領主を殺すことになった。彼女は計画を練った。誰にも邪魔されない完璧な計画を。だがそれは実行に移されることは無かった。一度は負けたはずの元領主が、新しく軍を編成し油断しているところを奇襲し、勝利した。逃げ遅れた支配者は拷問され、市中を引き回された上で公開処刑されることとなった。彼女も例外ではなく、少し前までは村の希望でも身分が逆転し、村人から拷問され、辱められ、慰みものにされ…最後は全身を串刺しにされ息絶えた」
宗一は高校生になったとき、この本のことを調べた。そうして、いくつかの事実を知ることになった。まずあの本は「原典」と呼ばれるものだと言うこと。そして「最後まで」読んだものを例外なく死に至らしめること。
宗一は最後まで読みきる前に、そのことを思い出した。そして、本を閉じ表紙の筆記体を読んだ。そこにはThe inflict pain book と書かれていた。その意味を知ったとき、宗一の背に冷たいものが流れ、今も残る傷痕の場所を無意識に押さえていた。そして彼はその本屋を後にした。
初めて童話と言うものを書きました。
短編連載ですので、多分数日で数多く更新できると思います。