小さな約束
本編第一章第七話の最後の部分とリンクしています。
青川平野の子供達は、いつものように集落の広場でのびのびと走り回っていたが、幼いその少年は広場を離れ、広場を見渡せる丘の上で寝転がっていた。
薄雲が空にかかり、春らしい芸術的なグラデーションが頭上に描かれる。穏やかな風に撫でられた木々は恥ずかしげに枝を揺らし、乾いているけれどもどこか瑞々しい葉音を聞かせる。
彼は、丘の上で青川平野の自然を感じるのが一番好きだった。
「天真!」
不意に名を呼ばれた少年は体を起こし、声がするほうへ顔を向けた。
「……静音。どうしたの?」
「なんでもない。天真が一人でいたから、よんでみただけ」
静音は天真の隣に腰を下ろした。
「なにしてたの?」
「……空を見てただけだよ」
「空?」
静音は空を見上げながら首を傾げる。
「よく晴れてきれいな空だけど……それがどうしたの?」
「ただそれだけだよ。きれいだから見ているんだ」
天真は再び仰向けになり、ゆるりと雲が流れていく空を見上げた。静音も彼にならって丘に寝そべる。
「……あ。鳥のこえがきこえる」
「あぁ、あれはトビっていう鳥だよ。ほら、あそこに飛んでいるだろ?」
「ほんとだ。……上のほうから川の音もきこえるね」
「うん」
「下のほうからは葉っぱの音」
「うん」
それからしばらくの間、二人は目を閉じて深呼吸しながら、自分たちを取り囲む自然のささやきに耳を傾けていた。
「きれいね。今まで、気づかなかった」
「うん。僕も、父さんにおしえてもらうまで知らなかったよ」
天真は、次はいつ帰ってくるかも分からない父親のぬくもりを思い出した。帰ってくるといつも、丘の上で二人きり、他愛ない話をたくさんするものだ。
「こうやって丘の上で寝そべることをおしえてくれたのも父さん。これを知っているのは僕と父さんだけだったんだけど、これで静音も僕らの仲間入りだね!」
「……うん!」
天真の真っ直ぐで明るい笑顔。静音も自然と笑みを漏らす。
トビが視界から消え去った後、不意に静音は起き上がった。
「ねぇ、天真」
「なぁに?」
「あのね、わたし、天真に伝えたいことがあるの」
「え? 伝えたいこと?」
神妙な面持ちの静音に、天真は体を起こして彼女に顔を向けた。
静音は息を整えると、天真の目を真っ直ぐ見つめたまま言った。
「わたしね、天真のお嫁さんになりたいの!」
「……!」
突然の彼女の告白に、天真は驚きを隠せない。
「ど、どうしたの急に」
「急じゃないわ。わたしはずっとそう思ってたんだから」
怒ったような口調に、天真は思わず「ごめん」と謝る。
「でも、僕は知らなかったから、僕にとっては急だよ」
「……びっくりした?」
「あたりまえだよ」
天真は目を丸くしたまま頷くと、静音に体を向けて正座した。
「僕もね、静音のお婿さんになれたらうれしいな」
「!」
今度は静音が目を丸くする番だった。
天真は満面の笑みを浮かべながら言う。
「静音は優しいし、僕を元気にしてくれるから。ずっと一緒にいられたら、僕も静音も幸せだよね」
「うん」
「だからさ、指切りしようよ」
「指切り?」
「そう。約束を忘れないように」
きょとんとしている静音に、天真は右手を差し出して小指を立てる。
「ほら、早く」
「う、うん」
静音はゆっくりと細い小指を差し出し、天真の指としっかり絡めた。