父さん、母さんは出張に行っただけですよ?
「ねぇ、ザック」
「どうしたの?母さん?」
「セドリックって素敵よね。」
「そうだね、父さんはかっこいいと思う。」
「はぁ……」
「母さん?」
父さんは今日も騎士の仕事でいない。
連休に学園から自宅に戻っていた僕はお菓子片手にのんびりしていた。
そんな時、洗濯物を干し終えた母さんが真剣な顔をして何を言い出すかと思えばいつもの惚気。
ただ少し今日は様子が変だったんだ。
「見てよ、これ」
「何?この手紙の山」
「セドリックへのファンレターとラブレター」
「え…」
「今日、ちょうど1,000通目が届いたわ。」
ドサっとテーブルに置かれた箱には手紙の束がいっぱいに詰まっていた。
よく見ると新しいものから少し古いものまで、綺麗に紐で括られているみたいだ。
まさかこれが全部父さんへのラブレターとは思わなかったけど。
母さんから適当に何通か受け取ってその手紙を開いてみたら…
『セドリック隊長へ
先日は魔獣に襲われているところを助けていただきありがとうございました。
貴方のその身のこなし、手を差し伸べてくれた時の優しい表情が目に焼き付いて離れません。
連絡お待ちしてます。
シェリアより』
『セドリック様へ
奥様に飽きてしまったらいつでもお相手いたしますわ。今晩早速いかが?
あなたのカトリン』
控えめなものから熱烈なものまで内容もさまざまなようで、箱の外まで漏れ出すピンクの雰囲気に、恋なんてまだよくわかっていない僕ですら少しゲンナリしてしまった。
「セドリックったら私にバレないようにコソコソ捨てている時もあるから実際はもっと多いでしょうね。」
「…そ、それで?」
「あの人、私が他の男の人と話しているのを見たらあからさまに不機嫌になるくせに、私はそうならないとでも思ってるのかしら。」
「え…」
「だから私、旅に出る。」
「は!?」
「学園の講師として勉強会に参加するだけなんだけどね。出張よ出張。
ちゃんと明日の夕方には戻るわ。
でも、セドリックには秘密で行くことにする。」
「…父さんパニックにならない?」
「知らない。私は怒ってるの。
他の女の子に愛想振りまいて、チヤホヤされて、絶対いい気になってるわ。
ご飯は魔導冷蔵庫に入ってるからお鍋で温めて自分で食べられるわね?」
「それは…できるけど…」
「私がどこにいるかは絶対に秘密よ。
セドリックの慌てぶりをこの魔導水晶にこっそり記録しておいてね。」
「ちょ、母さん!?」
母さんは使い方もよくわからない丸い玉と、『旅に出ます。探さないで。』と誤解しか生まないことが書かれた紙を僕に押し付けると、さっさと荷物をまとめて家を出て行ってしまった。
ただ一人、家に残された僕は頭を抱えた。
こんなのを渡されたら間違いなく父さんは大変なことになる。
母さんは知らないんだ。
父さんがどれだけ母さん至上主義なのか。
__________
「ただいまー」
「おかえり…父さん…」
「ん?どうしたんだザック?
アイリスも居ないけど…
まさかアイリスに何かあったのか!?」
「……いや、これ、母さんから預かったから渡しとくね。僕は何もシラナイヨ。」
誤解しか生まない紙と使い方もわからない魔導水晶をもう既に落ち着きのない父さんに渡し、僕は逃げるように母さんの作ってくれていたご飯を鍋で温めるべくキッチンへと向かった。
少しして、パリンとかガシャンと何かが壊れる音がして血相を変えた父さんがキッチンへと駆け込んできたと思ったら、僕の肩を痛いほど掴んで揺さぶり始めたんだ。
渡したはずの魔導水晶を持っていないから、多分さっきの音で割れたんだと思う。
ごめん母さん、父さんの慌てぶり撮れなかったかもしれない。
「…父さん、火、危ない。」
「それどころじゃないだろう!?
ザックはアイリスがどこに行ったか知ってるんじゃないのか!?」
「ううん、知らない。」
出張とは聞いてるけど、出張先は聞いてない。
だから嘘じゃない。
それに出張だとバラしたら僕が母さんに怒られるに決まってる。
だから、知らない。
「なんでそんなに落ち着いているんだ!?
アイリスが…ザックの母さんが家出をしたんだよ!?」
「母さんが怒ってるのは父さんにだけだから。」
「なんで!?」
「それは自分で考えないと意味がないと思う」
「確かにそうだけど…
あれかな…この前仕事が長引いて帰るのが遅くなったから?
いや、アイリスお手製のサンドイッチが美味しそうでつまみ食いしたからかもしれない。
まさかアイリスのお気に入りの靴下に穴が空いてたから捨てたことか…?」
「多分違う。というか父さん何してんの?
真面目に考えないと母さん帰ってこないよ?」
「大真面目だが?
ザック…どうせ知ってるんだろ?ヒントは?」
「テーブルの上。」
僕の言葉を受けてリビングのテーブルへ飛んでいくと手紙の束がぎっしり詰まった箱を見て硬直していた。
一通手に取るごとに顔が青くなっていく。
最終的にブルブル震えて真っ白になってた。
「おーい、父さん?」
「…………。」
「僕シチュー食べるからその荷物どけてよ。」
テーブルの上に散らかったラブレターを指さすと、父さんはそのラブレターの山を無言で持ってキッチンへ戻り、一通ずつ魔導コンロで燃やし始めたんだ。
「ちょっと!?何やってんの!?」
「シチューが…温まるだろ?」
「焦げるよ!僕のシチューだよ!?」
「こんなもののせいで、アイリスは出て行ったのか?嘘だろ?嘘だよな?
今まで捨ててきたのにまさかバレてた?
この余計なことしか言わない女共を吊るせばいいのか?」
ぶつぶつ呟く姿はまるでゴーストのようだ。
その目にいつものような光もない。
時々聞こえる物騒な言葉の数々に僕は静かに後退りした。
普段の爽やかでイケメンな騎士団二番隊隊長の面影はどこにもなかった。
「このシチュー、アイリスの手作り?」
「そう、母さんが僕のご飯にって…
はっ…だめだよ!?あげないよ!僕のご飯だ!」
「ハンバーガー買ってやるから、それは僕にちょうだい」
「嫌だよ!!」
何を血迷ったのか僕のシチューを取り上げようとするものだから父さんを振り払ってシチューを流し込んだ。
せっかく大嫌いなピーマンの入ってない純粋に美味しいシチューなのに。
もっと味わって食べたかったのに。
「…アイリスを探しにいく」
「え?探すってどこに?」
「まずはアイリスの実家、次に僕の実家、学園、あとは…」
「え?今から?父さん明日は仕事じゃないの?
全部回ったら夜中になっちゃうよ」
「明日は仕事じゃないから大丈夫。
ザックも行こう。」
「なんで?」
「ザックがいないと母さんが会ってくれないかもしれないだろう。」
「そんな理由で!?」
父さんは戸惑う僕を着せ替え人形にしてジャケットやらゴーグルやら帽子を被せると自身が通勤に使ってる魔導バイクの後部座席へとあっという間に跨らせてしまった。
「本当なら騎獣の方が早いけど、騎士団に寄る時間も今は惜しいからね。」
「わぁ!僕、父さんの魔導バイク初めて!
空飛べるの?速度はどれくらい出る?
そもそも乗ってる人あまり見ないけど…」
「舌噛むよ、ザック」
「え…うわぁ!?」
ギュルギュルと音を立ててタイヤが回りだすと、一気に加速して走り出した。
魔法を使う母さんの車とは違って浮くことはないし、たしかに騎獣よりは遅い。
でも馬車より確実に速いのはわかる。
街灯の光が一定速度で流れていくのがどこか不思議だった。
「ザック、寒くないかい?」
「大丈夫だよ父さん!」
「なら、さっきの質問に答えようか。
アイリスの運転する車はアイリスの魔力で浮かび上がらせてるけど、この錬金術で作られたバイクにその機能はない。
僕も魔法使いではないしね。
主燃料は魔力の結晶、魔石になる。
最高速度で言えば時速200キロくらいまでは出るみたいだけど、魔石を大量に消耗してしまうし、街中でやるのはあまりにも危険だからやらないよ。
今は大体時速60キロくらいかな。
速い騎獣なら時速80キロから100キロくらいは出るからそれよりは遅いイメージだね。」
「すごい便利じゃん!
なんでみんな乗らないの?」
「これ一台で1,200ゴールドだから。
それに燃料になる魔石だって年間50ゴールドはかかるし。」
「…ねぇ、馬車一台は大体いくら?」
「300ゴールド、一度乗るだけなら200ブロンズくらいかな」
「ちょっと待って
10,000ブロンズで1シルバーだよね?」
「大正解、そして10,000シルバーで1ゴールドだよ」
「もしかしてこのバイク家より高い?」
「なかなか察しがいいじゃないか。」
「父さん!絶対に事故らないでよ!!!」
「おっと…危ない」
「うわぁぁぁぁ!?やめて!やめて!」
「大丈夫だよ、僕はそれなりに稼いでるからね」
「そういう問題じゃないよ!!」
くすくす笑いながら蛇行運転する父さんに僕は本当に気が気じゃなかった。
もちろん周囲に人はいないけど、もし、バイクが倒れたらどうするんだって。
家より高いバイクに傷でもつけてみろ、母さんが本気で怒るぞって思った。
そういうところだと思う父さん。
「さ、まずはアイリスの実家だね。」
「父さんなんか母さんに許されなきゃいいんだ」
「なんでそんなことを言うんだ。」
それから母さんの方のお爺ちゃんお婆ちゃん家に行ってケーキをご馳走になったり、父さんの方のお爺ちゃんお婆ちゃんの家に行って父さんが怒られたりして、学園に着く頃にはすっかり遅い時間になってた。
「アイリス…一体どこに…」
父さんは手がかりすら何もない現状にすっかり落ち込んでしまった。
それはそうだ。
だって母さんただの出張だもん。
お爺ちゃんお婆ちゃんたちが知るわけない。
今が連休中ということもあるし、そもそも生徒たちの就寝時間もあって、学園を歩いている人は一人もいなかった。
一応街灯の光は点々とあるみたいだけど、いつもと違う雰囲気に少しだけ不気味に見える。
「職員室はあっちだっけ」
「うん」
「これで手掛かりなしだったら一度家に帰ってみて、アイリスが帰ってないか確認しよう」
「うん」
「……そういえばザック、知ってるかい?」
「なに?」
「学園では実際に魔獣との戦闘をしたりするだろう?」
「そうみたいだね?
僕はまだ授業でやったことはないけど、スライムとか角ウサギくらいなら裏の森にいるのは見るよ。」
「その授業中に事故で亡くなってしまった生徒も居るんだよ」
「え」
「その生徒には何やら未練があるらしく、夜11時半になると、中央噴水の水を覗き込んでぶつぶつと何かを呟いているらしいんだ。」
「………。」
「見えない…見えない…見えない…」
「っ…」
「不思議に思って噴水の水を覗き込むと、そこに映り込むのは目のない生徒。
その生徒は不幸にも魔獣によって目を切り裂かれてしまっていたんだよ。
人体の不思議だね、目が見えないと耳が良くなるんだけど隣にいる人に気づくとその生徒は言うんだ『僕の目はどこ?』ってね」
「ひっ…」
「学園にはそんな怪談話があるんだよ」
「何を聞かせてるんだよ父さん!!
馬鹿じゃないの!?」
「さて、早く行こう。アイリスが心配だ」
「ちょっと待って!?父さん!?
置いていかないで!?本当に!!」
僕が怖がる様子を見てニヤリと笑った父さんは足を早めた。
わざと僕を少し置いていくかのように。
多分母さんが見つからないから、僕が怖いのを嫌いだと知ってて聞かせたんだ。
こんなのただの八つ当たりだ。
そういうところだと思う父さん。
僕は絶対父さんの味方をしないと心に決めた。
職員室には何人かの先生方がまばらに残っていて授業の準備やほかの作業に追われているみたいだった。
「失礼します」
「はい?こんな時間に…って騎士科のアイザックじゃないか、就寝時間はとっくに過ぎてるが?
何をしにきたんだ?」
「父さんが母さんの行先を知りたがって、僕を連れてきたんです。
僕は規則を破ってないです。」
「すみません、夜分遅くに」
「え!?セドリック二番隊隊長!?本当の!?
あ、えっと…アイリス先生の出張先ですね?
おかしいな、アイリス先生のことだから伝えてると思ったんですが…
今お調べいたします。」
「…出張?旅に出たんじゃ?」
「はい?例年行われている、魔法を教える先生方を対象にした勉強会だそうですけど。
あ、これですね、東にあるウェストールの街の、『踊る仔馬』という宿に宿泊されるみたいです。」
ジロリと父さんから睨まれたけど僕は知らない。
嘘じゃない。だって本当に出張とは聞いていたけど行き先までは知らないもん。
「…そうですか、お騒がせしました。」
「いえいえ、奥さんがいないと焦りますよね、自分も妻に逃げられた経験がありますから、お気持ち、分かりますよ」
「僕は逃げられてません。」
「はは…仲直りできるといいですね」
先生の大人の対応に父さんは何を返すでもなく一度頭を下げ、職員室を後にした。
やけにいい笑顔で、それが逆に怖かった。
絶対本気で怒ってるやつだこれ。
でもこれ僕どうしたらよかったの?
母さんには黙っておきなさいって言われたし、というかそもそも場所も知らなかったし。
「ザック…知ってたね?」
「母さんに秘密にしなさいって言われたんだ」
「…はぁ…まぁでも、何もないならよかった。」
「怒ってないの?父さん?」
「怒ってる。」
「…でも母さん、今朝届いたのが1,000通目の手紙だって言ってたよ。
私だってヤキモチ妬くのにって。」
「ぐ…」
「それでも怒る?」
「おこ…れない…」
「とりあえず帰ろうよ、僕眠いし。
明日には母さんも帰ってくるよ。」
「……そうだな、そうしよう」
「明日ちゃんと話し合ってよね。
僕を巻き込まないで。」
「悪かったね、ザック。」
「いいよ、夜の散歩楽しかったから」
そうしてその一日は慌ただしく過ぎていったんだけど、次の日何事もなかったかのように帰ってきた母さんにぴったりくっついて父さんが離れなくなった。
食事の時まで膝に乗せてるんだよ、息子の前で。
「なんか、アイリスいつもと違う匂いがする」
「あぁ、ガオウ国の先生が流行りの香り袋をお土産にくださってね、その匂いじゃない?」
「……男?」
「そうね、男性…」
「昨日僕を散々振り回したくせに、こういうことするんだね?アイリス?」
「……セドリック?顔が怖いわよ?
ちょっと、ザック助けて」
「僕には無理だよ母さん。」
母さんに香り袋を渡した先生が80歳のお爺ちゃんだと分かるまで、父さんが母さんをくすぐり続けるところを見せられた僕の気持ち、わかってくれる人いない?
お読みいただきありがとうございました。
こちらは『シンフォニア王国物語〜僕の知らない父さんと母さんの話〜』に登場する、主人公一家の日常の一部を描いた番外編です。
本編ではザックが学園で過ごしながら、両親の馴れ初めから家族になるまで少しずつ知っていく物語です。
本編は長編作品として投稿しておりますので、この家族を気に入っていただけましたら、そちらも読んでいただけると嬉しいです。




