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揺れに気付いた人
最近の葵は、どこか遠くを見ていた。
目の前にいるのに、心だけが別の場所にあるような——
そんな微かな違和感。
俊介は、それを見逃さなかった。
(……誰を見てるんだよ、葵)
問いかけたい。
でも、聞いた瞬間に壊れてしまいそうで、言えない。
母を亡くした葵を支えたい。
その気持ちは本物だ。
けれど、
“自分以外の誰か”が葵の心を揺らしている気配に、
胸の奥がざわつく。
笑う葵の横顔が、どこか遠い。
触れようとすると、指先が空を掴むような感覚になる。
(早く……形にしないと)
焦りが静かに膨らんでいく。
葵を失う未来が、ふと頭をよぎった。
その未来だけは、絶対に嫌だった。




