64/224
葵の涙
夜の病室は、
機械の微かな音だけが響いていた。
母が眠りについたのを確認すると、
葵はそっとカーテンの影に身を沈めた。
(……もう、限界かもしれない)
仕事。
母の看病。
俊介の優しさ。
そして——
心の奥に沈んだままの、大和の記憶。
全部が重なって、
息が苦しくなる。
俊介のプロポーズが頭をよぎる。
(どうして……
あんなに優しいのに……
私はちゃんと向き合えないんだろう)
俊介を利用している。
そんな自分が、
どうしようもなく嫌だった。
でも、
俊介の支えがなければ立っていられない。
(最低だ……私)
涙が頬を伝い落ちる。
母の手を握ると、
その手は雪のように冷たかった。
(お願い……
お母さん……
まだ行かないで)
声にならない祈りが、
静かな病室に溶けていく。
葵は顔を伏せたまま、
震える肩を必死に押さえた。
その涙は、
誰にも気づかれないまま
白いシーツに吸い込まれていった。




