気持ちの芽
店を出ると、
夜風がふっと頬を撫でた。
暖簾が揺れて、
その向こうにある灯りが
ゆっくりと遠ざかっていく。
(……乾杯、なんて)
自分で投稿しておきながら、
胸の奥がざわついていた。
誰に向けたわけでもない。
そう思いたいのに、
指が勝手に動いた感覚が残っている。
スマホの画面を開くと、
さっき撮った熱燗の写真が
まだ温度を持っているように見えた。
(……及川さん、見てるかな)
その考えが浮かんだ瞬間、
大和は立ち止まった。
(……なんで、そんなこと思うんだ)
夜の街は静かで、
遠くで電車の音が響いている。
歩き出しても、
胸のざわつきは消えなかった。
和田さんの言葉が、
また蘇る。
「去年の忘年会で来てたぞ。
昔ここでバイトしてたって言ってたよ」
“来ていた”という事実だけで
胸の奥がじんわり熱くなる。
信号待ちの間、
ふと空を見上げた。
東京の夜空は狭い。
でも、その狭さが
今は妙に心に沁みた。
(……会ったら、どうなるんだろう)
そんなこと、
考えるはずじゃなかった。
でも、
考えてしまった。
ほんの一瞬。
ほんの小さな芽。
でも確かに、
胸の奥で芽吹いた。
(……会いたい、なんて)
自分で否定するように
小さく息を吐いた。
でも、
その芽はもう消えなかった。




