離れていく心、重なる痛みと影
北海道に着いた夜。
大和は実家の玄関を開けた瞬間、
冷たい空気と、懐かしい木の匂いに包まれた。
「……ただいま」
その声は、誰に向けたものなのか自分でも分からなかった。
父はすでに寝ているようで、家は静まり返っていた。
荷物を置き、居間の電気をつける。
そこには昔のままの景色があった。
壁にかかった家族写真。
冬になると薪ストーブの前で丸くなっていた猫の座布団。
母がよく編み物をしていた椅子。
(ここに……戻ってきたんだな)
胸の奥がじんわりと痛んだ。
美咲のいない現実が、雪の冷たさよりも深く刺さる。
大和は写真立てをそっとテーブルに置き、
静かに息を吐いた。
「美咲……少しだけ、休ませてくれ」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
ーーその頃、東京では。
葵は母のベッドの横で、
眠れない夜を過ごしていた。
点滴の滴る音だけが、
病室に淡く響いている。
(大丈夫……大丈夫だよ、お母さん)
そう言い聞かせながら、
葵は母の手を包み込んだ。
その手は、少しだけ冷たかった。
葵は気づかない。
その同じ夜、
遠く離れた北の地で、
大和もまた、ひとり静かに涙をこぼしていたことを。
2人の痛みは、まだ交わらない。
けれど確かに、同じ夜空の下で震えていた。




