362/499
リールの影響
翌朝、キッチンに立つ葵の背中が見えた。
フライパンの中で、卵が静かに巻かれていく。
「……初めて作ってみたんだけど」
振り返った葵の手元には、
黄色と白の、二色のだし巻き。
「え、だし巻き? 色違うんだね」
「うん。白いほうはバター入れてみたの。
どっちが好きかなって」
俊介は少し驚きながら箸を伸ばす。
美味しい。
でも、胸の奥がざわつく。
「珍しいね。どうしたの急に」
葵は一瞬だけ目を伏せた。
「……どこだったか……見たんだよね。
だから気になって……」
本当は分かっている。
昨夜ひとりで見た、大和のリール。
二色のだし巻き。
あの声。
あの手元。
自分で作ってみたかった。
あの味を、確かめてみたかった。
俊介は静かに「美味しいよ」と笑った。
その笑顔の奥で、何かがゆっくり沈んでいく。
影が、日常に入り込んだ最初の朝だった。




