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鏡の中の“昨日”
朝、鏡の前に立った瞬間、息が止まった。
顔色が悪い。化粧がうまく乗らない。
目の下の影が、昨日より濃い。
俊介はバタバタと出勤準備をしていて、
「今日、遅くなるかも」とだけ言った。
その言葉に、ほっとしてしまった自分がいた。
優しさに触れたくない。
触れられたら、昨日の“気づき”が壊れてしまいそうで。
洗面台に手をついたまま、
昨夜の言葉が胸の奥で静かに響く。
……私、もう無理かもしれない。
でも、心のどこかでは、とっくに分かっていた。
その瞬間、
15年前の大和の声がふっと蘇った。
あの頃と同じ空気が、
胸の奥でまだ温度を持っている。
気づいてしまった。
私は、まだあの空気を覚えている。




