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葵の未来
葵は、スマホを枕元に置いたまま動けなかった。
触れたら、何かが壊れる気がした。
俊介はキッチンでコーヒーを淹れながら、
いつものように未来の話を続けている。
「さ、そろそろ家のことも考えないとね」
「子どもができたらさ、部屋どうする?」
その声が、今日はやけに遠く感じた。
返事ができない。
喉がつまって、言葉が出ない。
でも——
大和の笑顔だけが、ふっと脳裏に浮かぶ。
見ていないのに、見える。
あの少し照れた笑顔。
薬指に触れる癖。
声の温度。
それだけが、今の葵をぎりぎりのところで支えていた。
「私は……どこに向かってるんだろう」
胸の奥が静かに軋む。
葵は知らない。
大和が今、東京へ向かっていることを。
自分と大和が出会った場所へ向かっていることを。
知らないまま、朝が過ぎていく。




