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心の距離
朝、廊下ですれ違った瞬間だった。
俊介の肩が少し触れそうになって、葵は反射的に身体を引いた。
「ごめん」
俊介は笑ったけれど、その笑顔の奥に、薄い影が落ちた気がした。
葵は首を振って、何でもないふりをする。
スマホはポケットの奥。今日は触らない。触れない。
触られたくない。見られたくない。
ただ、それだけ。
ソファに座るときも、クッション一つ分、自然と距離が空く。
俊介が気づいているのかどうか、分からない。
「今日はスマホ触らないんだね」
「……うん」
左手の薬指が視界に入らないように、そっと膝の下に隠した。
鎖みたいだ、とふと思う。
外せない。外さない。
でも、見たくない。
俊介の優しさが、今日は少しだけ重かった。




