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逃げ場
布団の中で、葵は震える指でスマホを握りしめる。
さっき俊介に触られた場所が、まだざわざわしている。
身体の一部を奪われたみたいで、気持ち悪い。
だからこそ、
開いたのは店長のリールだった。
湯気。
光。
優しい声。
手元の柔らかい動き。
そして、
大和の左手がふと止まり——
薬指にそっと触れる。
無意識のように、ほんの一瞬。
胸がきゅっと縮む。
その直後、
画面の中にふわっと白い文字が浮かぶ。
「今日も、誰かの一日が少しでもあたたかくなりますように」
動画としては、自然な言葉。
でも、どこか“誰かひとり”を想っているように見える。
(……奥さんのこと、まだ想ってるんだ)
痛みが、静かに胸の奥に落ちる。
画面の中の店長は、
どこか“遠くの誰か”を想っている人の温度をしていた。
俊介の影に怯える中で、
その優しい光だけが、葵の逃げ場になってしまっていた。




