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熱燗が沁みる夜
カウンター越しに和田と向かい合い、
湯気の立つ熱燗を口に運ぶ。
「お前がいた頃と、何も変わらないよな、この店は」
和田が笑う。
その言葉に、大和の胸の奥で小さな波紋が広がった。
変わらない店。
変わってしまった自分。
そして、変わり続けた時間。
湯気の向こうに、
19歳の葵の笑顔がふっと浮かぶ。
真面目で、よく笑って、
仕事を覚えるのが早くて、
ストーカーの件で怯えていた夜は、
震える肩をそっと支えた。
あの頃、大和は30歳。
葵は19歳。
11歳の差は、
“恋”なんて言葉を許さない距離だった。
美咲の闘病も重なっていた。
守るべきものがあった。
だから、大和は自分の気持ちに蓋をした。
――そのはずだった。
胸の奥が、静かに、でも確かに揺れていた。




