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溢れる記憶の色
結衣の言葉を読んだ瞬間、
葵の中で何かがほどけた。
大和の記憶が、
一気に溢れ出す。
優しい声。
守ってくれた夜。
奥さんの乳ガンの話。
「この人を好きになっちゃいけない」と
自分に言い聞かせたあの頃。
インスタで見た動画。
つい押してしまった“いいね”。
すぐ消した後悔。
そして——
居酒屋「灯」に1人で行ってしまった。
社員旅行で久しぶりに深呼吸できて、
気づいたら店の前に立っていた。
俊介といるときの息苦しさとは
まるで違う空気だった。
(……どうして、行ってしまったんだろう)
理由なんて分かってる。
でも、認めたくない。
結衣には書けない。
誰にも言えない。
葵は胸の奥で、
静かに疼く気持ちを抱え込んだ。




