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理性との戦い
結衣への返事を送ったあと、
葵はスマホを伏せて、
深く息を吐いた。
「店長は優しい人でした。
少し…助けてもらって」
本当はもっと言いたいことがある。
でも、言えない。
言ってはいけない。
俊介の顔が浮かぶ。
母の闘病で心が折れそうだったあの頃、
いちばん支えてくれたのは俊介だった。
優しくて、
真っ直ぐで、
あのときの自分には救いだった。
でも今は——
束縛。
狂気じみた愛情。
子どもで縛ろうとする圧。
俊介の前では、
呼吸が浅くなる。
(……私は結婚してるのに)
罪悪感が胸を刺す。
なのに、心は別の方向へ向かってしまう。
北海道最後の夜。
葵は胸の奥のざわつきを
どうすることもできなかった。




