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社員旅行
「じゃあ、行ってきます」
玄関でそう言ったとき、俊介はいつもより少し長く葵を見つめていた。
優しいはずのその視線が、今の葵には重かった。
(……行ってきてよかったのかな)
そんな不安を抱えたまま、空港へ向かうバスに乗り込む。
同僚たちの明るい声が車内に弾んでいる。
その賑やかさが、今日はなぜか救いだった。
飛行機が離陸し、雲を抜けた瞬間、
葵はふっと息を吐いた。
(あ……呼吸ができる)
北海道に近づくにつれ、胸の奥の重さが少しずつ溶けていく。
俊介の視線も、期待も、未来の話もない。
ただ、自分の呼吸だけが胸の中に戻ってくる。
雪の空港に降り立った瞬間、
冷たい空気が頬を刺した。
(……気持ちいい)
驚くほど、心が軽かった。




