12/615
影が消えた夜②
男は答えない。
ただ、じりじりと距離を詰めてくる。
その瞬間、背後から声がした。
「警察です。動かないでください」
パトカーの赤い光が、夜の道を照らす。
通報していたのは大和だった。
警察官が男の腕をつかむと、
男は抵抗もせず連れて行かれた。
その間も、葵だけを見つめ続けていた。
震える手で、大和の袖をつかむ。
「……怖かった……」
大和はそっと葵の肩に手を置いた。
「もう大丈夫だ。君は一人じゃない」
その言葉に、葵の膝から力が抜けた。
大和は支えるように抱きとめ、静かに言った。
「よく頑張ったな」
葵はその胸の中で、声を殺して泣いた。
恐怖から解放された安堵と、
大和の温もりに触れたことで溢れた涙だった。
その夜、葵ははっきりと気づいた。
――私は、やっぱりこの人が好きだ。
越えてはいけない線があることも、
その線の向こうにいる彼を求めてしまうことも、
すべて理解したうえで。
それでも、心はもう止められなかった。




