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さよならの理由①
居酒屋「灯」の暖簾が、春の風に揺れていた。
大学の新学期が始まり、葵は授業とバイトの両立に追われていた。
しかし、その日は違った。
胸の奥に、ずっと言えずにいた言葉が重く沈んでいた。
「店長、今日……少しお話ししたいことがあって」
片付けが終わった深夜。
葵は勇気を振り絞って声をかけた。
大和は、いつもの穏やかな笑顔でうなずく。
「どうした?」
事務所の扉が閉まると、店内の喧騒が嘘のように静かになった。
葵は深呼吸をして、言った。
「……バイト、辞めようと思っています」
大和の表情が、わずかに揺れた。
驚きと、寂しさと、理解しようとする優しさが混ざったような顔。
「そうか。急だな。理由、聞いてもいい?」
葵は視線を落とした。
本当の理由は言えない。
――好きになってしまったから。
――このままここにいたら、越えてはいけない線を越えてしまうから。
でも、それを言うわけにはいかなかった。




