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居酒屋の灯りの下で
暖簾をくぐった瞬間、
油の匂いと焼き魚の香りが混ざった、
どこか懐かしい空気が葵を包んだ。
「今日から入る及川さんね。よろしく」
カウンター奥から聞こえた声。
白いシャツの袖をまくり、落ち着いた笑顔を浮かべた男——
店長の高田大和。
19歳の葵は、胸がいっぱいだった。
大学に入ったばかりの初めてのアルバイト。
緊張で手が震える。
慣れない注文取りに戸惑い、
グラスを倒しそうになっては謝り、
厨房の声に返事が遅れてしまう。
そのたびに、大和は静かに言った。
「焦らなくていいよ。最初はみんなそうだから」
その優しさが、葵の胸にそっと灯る。




