許すかを決めるのは私ですが?
ここは王立魔法学園。
その真ん中で、私は婚約者ロマーノと対峙していた。
「イルヴァ! お前との婚約を破棄する!!」
そう言い放つロマーノの前には可憐な少女、男爵令嬢のミケーラがいる。
二人は仲睦まじそうに腕を組み合っているが、ロマーノが書面上では今も私と婚約関係にある以上、これが立派な浮気であるという事は変わりないというのに、どうやら二人はそんな考えにも行きつかないようである。
「俺はお前のような性根の腐った女より、ミケーラを真に愛している!!」
「キャッ、ロマーノさまったらっ」
因みに、我が家は侯爵家、彼は伯爵家。
この婚約はロマーノの家からの強い申し出があったからこそ成り立ったものである。
彼の発言を両親が看過しているのかは定かではないが、そんな事は関係ない。
あちらから提案しておいてやっぱやめる、と言い出すのはあまりにも我が家を侮辱した行為と言える。
……そもそも、堂々と浮気している時点で問題だ。
我が家との契約を軽んじている彼に私は腹立たしさを覚えた。
しかし、先程述べた通り、この婚約が解消されて困るのは彼の家だ。私でも我が家でもない。
こんな男と結婚するくらいならば一生独身で社交界の笑い者になった方がマシまである。
それに、彼との婚約解消が私にとって都合が良い理由はもう一つあった。
だからこそ私は……
「畏まりました。ではそのように」
長々と婚約破棄の正当性や私の性根の悪さを主張しようと息巻いていた彼の言葉を遮り、彼にはない品格を見せつけるように美しいカーテシーを見せつけるのだった。
***
それから一ヶ月が経った頃。
「ッ、ハ~~~~ッ、最ッ高!!」
学園の研究室を借り、私は暇さえあれば魔法の研究に明け暮れていた。
幼い頃から魔法という学問が大好きだった私は、人によっては嫌厭してしまいそうな小難しい魔術所の魔法を成功させたり、私好みに改変するような実験が大好きだった。
ロマーノと婚約してからというもの、残念ながら魔法の研究は滞っていた。
彼は婚約者としての最低限の義務だとか言って、私を自分の傍に置きたがったのだ。
私としても、流石に未来の旦那様相手をおざなりにしてまで自分の趣味を優先すべきではないことは理解していたから、我慢し続けてはいたのだが……。
いざ、婚約というしがらみから解放され、研究に着手して見れば、想像以上に心が躍り、どうやら私は婚約中に随分な無理をしていたらしいと悟った。
「次は何の研究をしようかしら。……あっ、最近発表された論文の魔法に着目して――」
「楽しそうだな」
すっかり興奮しながら研究室を走り回る私は、ふと入口からそんな声を聞く。
「え?」
そちらを見れば、見目麗しい一人の男子生徒が立っていた。
「イルヴァ嬢?」
「り、リベルト様……!」
鮮やかな赤髪に緑の瞳を持った彼はリベルト王太子殿下。
我が国の未来を背負う尊き立場のお方だ。
「い、一体いつから……ッ」
「十分ほど前から?」
「でしたらもっと早くお声掛けくださってもよろしかったのでは!?」
にやけながら独り言を並べていた私は醜態を、どうやら彼は見ていたらしい。
私が戸惑いを見せていると、彼がくつくつと笑った。
「いや、侯爵家の御令嬢ともあろう人物が、まるで子供のように忙しなく動き回っている様が愉快でな」
「人をサーカスの珍獣か何かだと思っていますか?」
「いや? 精々子ウサギ程度だろう」
「やはり、人として見られていないではありませんか」
同級生である彼とは、成績トップを争う仲だ。
壁に貼りだされる試験の順位を確認すれば、必ず自分の名前の傍にあるので、自然と互いを意識するようになっていた。
良き友であり、ライバルとも言えるだろう。
「ご趣味のお邪魔をして申し訳ありません、イルヴァ様」
私がリベルト様をねめつけていると、彼の後ろから別の男子生徒が顔を出す。
伯爵家三男のオレステ様。リベルト様の護衛だ。
意地悪なリベルト様とは打って変わり、誠実の塊とも言えるような彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「こちら、お邪魔してしまった詫びと、差し入れです」
「まぁ! どうぞ、オレステ様。お好きなだけゆっくりしていらして?」
彼は高級茶菓子の箱を私へ差し出した。
私の大好物の一つだ。
私はお菓子を受け取ると、空いている椅子をオレステ様へ勧めた。
「おーい、菓子を持たせたのは俺だが?」
「あ、リベルト様も、どうぞ」
「仮にも王太子を何かのついでのように扱うのはよせ」
自己主張が強いリベルト様を適当にあしらいつつ、同じく椅子を勧める。
「全く、君は相変わらずだな」
「勿論、気心が知れていると思っての事ですよ?」
「よく言う」
私達は軽口を交わしながら笑い合う。
私は研究を中断し、頂いた菓子をお二人と分ける事にした。
「イルヴァ嬢。婚約しないか」
オレステ様にお菓子を渡し、リベルト様にも同じものを手渡した時。
リベルト様が突然そんな事を言った。
私に促されて一足先にお菓子を食べていたオレステ様が大きく咽る。
けれど誘いを受けた当の本人である私は彼とは違って非常に落ち着いていた。
「えー、結構です」
「少しは悩みたまえよ。王太子だぞ」
私達は普段通り平然と会話を続ける。
リベルト様へお菓子を渡し、自分の分を持って椅子に座りながら私は続けた。
「だってリベルト様、私の事好きではないでしょう?」
「好意は抱いているつもりだが?」
「友人としてじゃないですか」
そう。私は知っている。
私とリベルト様は互いを良きライバルであり親しき友として見ている。
ロマンス小説に出て来る甘ったるいような関係では断じてないし、そんな関係に発展するとは到底思えなかった。
「バレたか」
「わかりますよ、流石に」
喉奥で笑う気配を感じながら、私はやれやれと肩を竦めた。
私は貴族の中でも変わりものである自覚がある。
リベルト様が動物に私を例えるのだって、普通とは異なる気質を踏まえての事だろう。
私を異性として見る者など、私の容姿と侯爵令嬢としての外面に惹かれた者――婚約当初のロマーノなどくらいだろう。
私を良く知る人物程、私に異性としての魅力は見いだせないだろうという謎の自信が私の中にはあった。
「だが、意外だな。君が婚約を決める材料の中に恋心が含まれているとは」
「私の場合は気にしませんよ。恋愛云々で時間が拘束されるより、魔法の研究に没頭したいですし。けどリベルト様の場合は別でしょう」
「俺の場合?」
「いくらでも魅力的な女性を選び放題なのですから」
「言い方には気を付けてくれ、本当に」
まるで遊び人のような言い方をされた事に対してリベルト様が不服そうな顔をするので、私はおかしくなって笑ってしまう。
ただ、彼を揶揄う為に変な言葉遣いをしたものの、今の発言全てが偽りという訳でもない。
「王太子などという重荷を負い続けるのは、私達には想像もできない程過酷な事でしょうから。せめて伴侶くらい、愛する人を選んだとて罰が当たることはないでしょう?」
「イルヴァ嬢……」
「勿論、地位や政治問題など様々な条件は付き纏うでしょうが。それでも尚選択肢は残るでしょうし」
「そうだなぁ」
菓子を口に運びつつうんうんと相槌を打ったリベルト様。
「ならばもう少し真剣に動いてみるとするかな」
「それが良いと思います」
「……殿下…………」
私がリベルト様のお言葉に同意していると、何故かオレステ様が可哀想なものを見るような目をリベルト様へ向けていた。
「因みに、ロマーノ殿はミケーラ嬢とはあまり上手くいっていないようですよ」
「でしょうね」
既に日が暮れ始めた時間帯。
私は研究を切り上げ、リベルト様とオレステ様と共に校舎の外へと出ていた。
中庭へ足を踏み入れ、迷い込んだウサギと戯れるリベルト様を遠目に、私とオレステ様は言葉を交わす。
「伯爵家と男爵家じゃ格が違い過ぎますし、ロマーノは傲慢で頭が固い。ミケーラ様も我儘なお方と世間では囁かれています。互いに初めは猫を被っていようが、徐々に本性を理解する事でしょう」
「そもそもロマーノ殿の家は既に赤字ですから。男爵家の御令嬢と婚約するだけの余裕もないでしょうしね」
オレステ様が横目で私を見る。
「よりを戻そうと言われるかもしれませんよ」
「そうですね」
オレステ様が物言いたげな目で私を見る。
彼が何を言いたいのか、私は理解していた。
「彼と婚約はしませんよ。流石に。私はこんなですが、我が家はれっきとした侯爵家……貧乏伯爵家から見下されるような立場にはありません」
「……杞憂でしたか。もしやイルヴァ様は本当に婚約者に頓着しないお方なのではと思いまして」
「あれは論外でしょう」
「では……イルヴァ様を揶揄う殿下のようなお方も?」
「え?」
「え?」
予想だにしない言葉に私は驚く。
リベルト様が選ぶにふさわしい相手としてではなく、私が婚約者として許容できる相手にリベルト様は当てはまるのか……。
そんな事は考えたことがなかった。
「嫌ではないでしょうね。軽口はお互い様ですし。私は、殿下と過ごす時間も好ましく思いますよ」
「……イルヴァ様」
まぁ、恐れ多い事ではあるのだが。
なんだかむず痒くなってしまい、私はオレステ様の姿を視界から追いやる。
そうすれば尚も小動物と戯れるリベルト様が良く見えるのだが、彼は日頃の飄々とした態度を崩し、ウサギにでれでれである。
「相変わらず好きですね、小動物」
「……そうですね」
同意するオレステ様の声にはくすり、と笑う気配があった。
***
「俺と婚約しろ、イルヴァ!」
廊下の真ん中。大きな声で私はそう言われる。
声の主はロマーノ。
……オレステ様の予言は的中した訳だ。
「お前はまだ婚約者が見つかっていないだろう。だから仕方なく、俺がもう一度貰ってやる。確かに俺の方も唐突に婚約破棄を告げてしまったし、非はあったからな」
何を言っているんだろうか、この人は。
私は呆れかえってしまう。
『俺の方にも』非があったのではなく、『俺に』非があったというのが正しい言葉選びというものだ。
案の定ミケーラとの関係が破綻したロマーノは、恐らく家の未来を憂いた両親からの進言もあって、こうして私との関係の修復を申し出たのだろうが……この期に及んでまだ自分の方が上の立場にあると思えるとは。
私は勿論。
「お断りします」
当然の返答をした。
なのになぜかロマーノは想定外だというように目を剥く。
「な……ッ、どうしてだ、イルヴァ!」
「どうしても何も、貴方は自分の行いを忘れたのですか? 貴方は、自分の家から言い出した提案を自己都合で、それもこちらを罵りながら反故にしたのです。これは我が家への侮辱に他なりません。何故……そのような者と知りながら、再び関係を結ばねばならないのでしょう」
「だ、だが……! お前も、別に困ってはいなかっただろう! 研究に没頭して楽しそうにしていたじゃないか!」
「困っていなければ、貴方が我が家を軽んじた罪が無くなると? 侮辱したという事実が当然のように許されると? ――笑わせないでくださいます? 貴方に決定権はありません」
結果論として私は自由を謳歌する事となったが、その時覚えた腹立たしさがなかったものになる訳でもない。
これは当然の報いであった。
「許すかを決めるのは――私ですが?」
「な……ッ」
ロマーノは顔を真っ赤にし尚も噛みつこうとする。
流石に粘着質で煩わしい。
そして、どうやって振り解こうかと考えていた最中――
「失礼」
野次馬の中から、リベルト様が姿を見せる。
「随分と面白い話をしているが、この時間はどうにも不毛なものに思えるな。何故なら」
彼は私の隣に立ち、目配せをすると――なんと、私の肩を抱き寄せた。
「――俺達は婚約している」
「……は?」
困惑の声を漏らしたのはロマーノだ。
私もまったく同じ音が口から漏れそうになったが、何とか堪えていた。
しかし内心では全く覚えのない話に困惑する。
何故、と私はリベルト様を見る。
すると
「嫌ならば断ってくれていい。だが――嫌ではないのだろう?」
確信めいた囁きが聞こえる。
瞬間、私の頭を過ったのは、中庭でのオレステ様との会話だ。
まさか、あの時の会話を聞いていたのか。
そう思えば、何故か猛烈な恥ずかしさから変な汗が出そうになる。
私の顔色を窺うように、黄緑の瞳が向けられているが……残念ながら私は嫌悪を抱いていないのだ。
小さく頷きを返せば、くすりと笑う気配があった。
それから殿下は……
「そういう事だ。まさか、王太子である俺の婚約者を横取りしようなどとは考えていないな?」
「そ、そんな、馬鹿な……ッ! こんな奴が……王太子妃に……ッ!?」
「本来ならばその侮辱に対して罰を与えても良いのだが、公にしていなかった情報に戸惑う気持ちはわかる。今回ばかりは目を瞑っておこう。だが――次はない」
リベルト様はいつもと同じ笑みを顔に貼り付ける。
しかし、その目は冷たく、全く笑ってはいなかった。
「俺の愛する人を侮辱するものは全員、相応の罰を与えよう」
「ヒ、ヒィ……ッ」
周囲の空気が一瞬にして凍り付いていくのを感じた。
***
「……よろしかったのですか、本当に」
「何が?」
「婚約の件」
「勿論」
騒動の後。
研究室に移動した私はリベルト様に問う。
大勢の場で宣言したからには、今更撤回する事は出来ない。
私達は婚約者同士となるのだ。
そんな不安から投げた問いだったのだが、彼は簡単に首を縦に振った。
「いやぁ、よくよく考えてみたのだが、心を許せる場というのは何も、恋慕を抱いている相手とでなければ築けない訳ではないだろう、と思ってな」
「それはそうかもしれませんが」
「それに、俺といれば、君は好きなだけ研究が出来る。金も場所も物も、全て用意してやれるからな」
「な……ッ!!」
王太子ともあろう者であればそのくらいのことが出来るのも当然なのだろうとは思う。
けれどいざ、リベルト様から婚約者として 目の前に、『何でも自由に研究ができる環境』をぶら下げられてしまえば、急に実感が湧いてきてしまう。
「君は趣味に没頭できる。俺はそんな愉快な君を間近で観察できる。ウィンウィンという訳だ」
「た、確かに……!」
私はリベルト様の手をガシリと掴み、ブンブンと振り回した。
「是非ともッ! 末永くッ!! よろしくお願いいたします!!」
リベルト様は面食らい、唖然とした後……プッと吹き出した。
「ああ、こちらこそ」
「…………殿下」
そんな私達の事を一歩離れた場所で見ていたオレステ様だけが、何やら呆れるような憂いるような息を吐くのだった。
***
研究の事で頭がいっぱいになった令嬢とそんな彼女の笑顔を満足そうに見ている主人の姿。
二人を見つめながらオレステは思う。
(……どうしてこうも気付かれないんだ)
オレステは知っている。
自分の主人が嘘吐きである事を。
彼ははなから、イルヴァを友人としては見れていない。
想いを告げる事で、下手に彼女の笑顔を曇らせたくなくて、親しい友人の立場を保っているだけなのだ。
……だが、二人のやり取りを見ているオレステからすれば、彼がイルヴァに想いを寄せている事など目に見えて明らかである。
だというのに、当の本人は全く気付く様子がないというのだから……。
(……先が思いやられますよ、殿下)
主人が想い人の心を射止めるまでの道のりは、きっと果てしなく長い。
その事を憂い、オレステは密かに溜息を吐くのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




