シーン6:ティエナの理解 ― 翻訳不能な世界
夜が、音もなく降りてくる。
灰の原では、それは「暗くなる」という以上の意味を持たない。
合図も、祈りも、移行の儀式もない。
ティエナは、焚き火のそばに座りながら、自分の内側に起きている変化を追っていた。
――翻訳できない。
言葉としてではなく、役割としてそう理解した。
ここでは、精霊の沈黙を意味に変える必要がない。
意味づけを待つ沈黙ですら、存在しない。
訂正もできない。
何かが誤って伝えられているわけではないからだ。
説明すら、不要だった。
人々は理解を欠いていない。
理解を必要としていない。
ティエナは、これまでずっと、
世界と人の間に立ち、言葉を渡してきた。
沈黙を祝福に訳し、
疲弊を限界に訳し、
癒しを希望に訳してきた。
だが、この土地には、
渡すべき「向こう側」が存在しない。
翻訳者は、原文がなければ成立しない。
気づきは、静かだった。
痛みも、解放感も、同時には来ない。
――ここでは。
自分は、正しいことも、
間違ったことも、
言う必要がない。
正しさが評価にならず、
誤りが罪にもならない。
そのどちらも、
生存条件ではない。
ティエナは、無意識に胸に手を当てる。
癒しの感覚は、確かにそこにある。
消えていない。奪われていない。
ただ、使われていない。
癒しは万能ではない。
だが、世界が壊れたわけでもない。
必要とされない形で、
人は、生きられる。
それを否定する声も、
肯定する声も、ここにはなかった。
灰の原は、
ティエナから役割を奪わなかった。
役割が不要な場所を、
ただ、示しただけだった。
焚き火が、静かに爆ぜる。
その音だけが、
この世界が続いていることを、
何の翻訳もなく、告げていた。




