シーン2:エルネとの遭遇 ― 期待しない大人
簡易居住区は、集落と呼ぶには小さすぎた。
掘り下げた地面に半分沈むように建てられた小屋が、風向きに逆らわず並んでいる。
壁材は統一されていない。布、木片、古い金属板。
だが雑然とはしていなかった。壊れない形だけが残された配置だった。
ティエナが足を踏み入れても、誰も声を上げない。
見られる。
だが測られない。
水桶のそばで作業をしていた中年の男が、ふと顔を上げた。
日焼けした肌。痩せているが、衰えてはいない。
視線は一度だけ、必要な分だけ向けられ、それ以上は続かない。
「……旅の人か」
問いというより、確認だった。
ティエナが名乗りかけて、やめる。
代わりに、必要な情報だけを差し出す。
「癒し手です」
男――エルネは、ほんの一瞬だけ彼女を見直した。
驚きはない。
警戒もない。
「ああ。そうか」
それで終わった。
期待も、落胆も続かない。
言葉は、それ以上の重さを持たなかった。
ティエナは違和感を覚える。
癒し手と告げて、何も起きない場所は、これまでにもあった。
だがここでは、反応が起きないこと自体が、当然として扱われている。
「……必要、ありませんか」
問いは慎重だった。
拒まれることを恐れてではない。
求められないことに、まだ慣れていなかった。
エルネは水桶の縁を叩き、付いた砂を落とす。
「ここでは、効かないものが多い」
言い訳でも、皮肉でもない。
天候の話をするような口調だった。
「効かないからって、責められることもない」
その言葉に、余白があった。
慰めではない。
諦観でもない。
前提だった。
ティエナは気づく。
ここでは、癒しは拒否されていない。
だが、期待の枠に入っていない。
第七章で出会った〈沈黙する街〉と、よく似ている。
争いがなく、感情が希薄で、精霊が関わらない場所。
けれど、決定的に違う。
あの街は、選ばなかった。
摩擦を避け、関係を切り、必要性を削ぎ落とした結果の沈黙だった。
だが、ここは違う。
ここには、最初から無い。
精霊も、癒しも、断定も、祝福も。
持っていないものを、失ってはいない。
エルネはもうティエナを見ていない。
作業に戻っている。
それは無関心ではなかった。
必要以上に関わらないという、誠実な距離だった。
ティエナは、その距離の中に立ち尽くし、初めて理解する。
この土地では、
癒しは「否定される力」ではない。
「届かない力」でもない。
ただ――
最初から、数に入っていない。




