第13章:灰の原 シーン1:境界の越境 ― 灰の原へ
エル=カナの影響圏を抜けたと気づいたのは、標識が消えたからではなかった。
祈りの文句が刻まれた石柱が、いつの間にか立っていない。
精霊感応灯も、評価を示す刻印も見当たらない。
だがそれ以上に、「確認しようとする視線の置き場」が、どこにもないことが決定的だった。
街道は続いている。
舗装は荒れ、色は抜け、地面は粉を吹いたように灰色だ。
踏みしめるたび、靴底に軽い抵抗が返るが、そこに意味はない。
管理されていないから危険なのではない。
ただ、管理という前提そのものが、ここには届いていない。
空気は乾いている。
息を吸うと喉がわずかに擦れる。
風は吹いているが、合図を含まない。
方向も、意図も、促しもない。
ティエナは、無意識に精霊を探そうとして、そこで動きを止めた。
――探す必要がない。
そう理解したのではない。
探すという行為そのものが、この場所では浮いていると、身体が先に悟ってしまった。
沈黙ですらなかった。
沈黙とは、本来、語られるはずだったものが止まっている状態だ。
だがここには、止まった形跡すらない。
呼びかけも、拒絶も、疲弊もない。
応答以前に、反応という概念が存在しない。
ティエナは歩き続ける。
癒し手としてではなく、翻訳者としてでもなく、ただ一人の旅人として。
灰の原は、何も語らない。
だがそれは、何も隠していなかった。




