scene5 資源としての癒し
調整官は、ティエナを奥の記録室へと案内した。
配給所の喧騒から隔てられた、音の少ない空間。棚には帳簿と報告書が整然と並び、壁には更新された指針文書が貼られている。
「正式な説明が必要でしたね」
彼はそう前置きし、机上の一枚を示した。
内部向けの調整資料だった。市民に公開されることは想定されていない、簡潔で冷たい文章。
――癒しの発生頻度は低下している。
――原因は不明だが、再現性はない。
――ゆえに、発生条件の統制が必要である。
「癒しは限られています」
調整官の声は淡々としていた。
事実を読み上げるように。
「無秩序な発生は、期待と混乱を招きます。誰もが“自分も癒されるはずだ”と思えば、応答しなかった時の不満が増幅される」
彼は一行指でなぞる。
「ですから、“応答が起きやすい者”を優先する。これは差別ではありません。効率の問題です」
ティエナは言葉を挟めなかった。
「結果が出た事例を基準に、次を選ぶ。成功例を積み上げることで、社会は安定します」
調整官は、少しだけ言いよどみ、それから続けた。
「……武器と同じです」
その単語が、部屋の空気を変えた。
「無差別に使えば、価値が下がる。誤用すれば、信頼を失う。だから管理する。配分する。戦略として扱う」
彼はティエナを見た。責める視線ではない。理解を求める目だった。
「癒しも、同じ段階に入ったのです」
その瞬間、ティエナの中で、何かがはっきりと切り替わった。
癒しは、誰かの痛みに応える行為だった。
泣き声に、立ち止まる理由だった。
だが今、ここでは――
数字で語られ、効率で測られ、成功率で価値づけられている。
与えるものではない。
選んで配るものだ。
この瞬間、癒しは完全に、戦略資源の語彙で語られていた。
そしてそれは、守るための力ではなく、選別し、制御するための――
武器になっていた。




