第2章:誰の許可もない癒し scene1 報告書の一行
王都神殿の裏棟は、静かだった。
祈りの声は届かない。
香も焚かれない。
ここは、祈る場所ではなく、
整理する場所だった。
石壁に囲まれた小部屋で、
下級神官のオルフェンは机に向かっている。
机の上には、報告書の束。
日付ごとに分けられ、
薄い紙がきちんと揃えられている。
彼は羽根ペンを持ち、
淡々と文字を書き連ねていく。
「井戸水異常なし」
「市街南区、負傷者三名。治療済み」
「市場内、口論一件。鎮静化」
どれも、昨日の出来事だ。
だが、そこに感情は含まれない。
事実だけを、
定められた欄に収める。
オルフェンは一度、ペンを止めた。
報告欄の下のほうに、
余白がある。
市井の広場。
彼は小さく息を吐き、
その欄に文字を落とした。
「市井の広場にて、原因不明の回復反応、複数名確認」
それだけだ。
奇跡、という語は使われない。
祝福、という判断も下されない。
原因不明。
回復反応。
複数名。
それらは、分類のための言葉だった。
オルフェンは、内心で首を傾げる。
治療記録はない。
儀式も、神殿関与も確認されていない。
それでも、
「楽になった」と言う者がいる。
だが、彼はそれ以上考えない。
報告書は、考察の場ではない。
ペン先が紙を離れる。
一行が、枠の中に収まる。
出来事は、ここで終わった。
紙束はまとめられ、
上位部署へ送られる。
広場で起きたことは、
すでに“案件”になっていた。




