scene6 選別の始まり ― 癒される者/癒されない者
分断は、宣言によって始まったのではなかった。
命令でも、制度でもない。
それは、囁きからだった。
広場の片隅。
市場の通路。
水場の列。
声は低く、慎重で、だが確実に増えていく。
「あの人は……まだ、試練の途中らしい」
「昨日も癒されなかったそうだ」
「信心が、足りないのかもしれないな」
言い切らない。
断罪もしない。
ただ、理由を探す。
癒された者の名前が、静かに共有される。
癒されなかった者の名は、同じ熱量では語られない。
だが、語られないこと自体が、印になる。
視線が変わる。
以前は、同じ高さで交わされていた目線が、
わずかに上下を帯び始める。
癒された者を見る目には、
尊敬とも安堵ともつかない色が混じる。
癒されない者を見る目には、
同情ではなく、距離が生まれる。
(近づかないほうがいい)
(自分まで疑われる)
誰も排除を命じていない。
だが、人は自ら離れていく。
ティエナは、それを遠くから見ていた。
精霊に意識を向ける。
反応は、相変わらず弱い。
風は揺れるが、触れてはこない。
精霊は選別していない。
呼びかけに応える力が、ほとんど残っていないだけだ。
だが――
人の側が、先に答えを作ってしまっている。
癒しが起きた者には、意味が与えられる。
起きなかった者には、理由が押し付けられる。
救いではない。
回復でもない。
評価だ。
癒しは、もう助けを求める行為ではなくなった。
自分が正しい側にいるかどうかを、
静かに測られる指標になった。
ティエナは理解する。
この街で今、閉じ始めているのは――
精霊ではない。
人の心だ。
助けを求めれば、
「まだ足りない」と見なされる。
癒されなければ、
「選ばれていない」と囁かれる。
その世界で、
誰が弱さを差し出せるだろうか。
癒しは、救済ではなくなった。
それは、人を分けるための
静かな境界線になり始めていた。




