scene3 宗教の接続 ― 教義化される沈黙
ラグナとエドラスの言葉が、広場の空気を「理解可能な形」に整えた、その直後だった。
上位神官リュシアが、静かに一歩進み出る。
白と金の法衣。
年齢は読めない。
声は低く、柔らかい。
彼女は群衆を見渡さない。
まるで、すでに一人ひとりの内面を知っているかのように、視線を伏せたまま語り始めた。
「精霊が沈黙していることに、戸惑いを覚えた方もいるでしょう」
責める響きはない。
咎める気配もない。
「ですが――沈黙は、見放された証ではありません」
その言葉に、何人かの肩がわずかに下がる。
「泣かないことは、冷たさではありません」
「成熟です」
ゆっくりと、区切るように。
「耐えることは、苦しみではありません」
「信仰です」
彼女は、決して「耐えろ」とは言わない。
ただ、耐えている状態に名前を与える。
「癒されないことも、拒絶ではありません」
「まだ、呼ばれていないだけなのです」
誰かが、無意識に胸に手を当てる。
安心と同時に、説明が与えられた安堵。
リュシアは微笑まない。
その代わり、慈愛のある声で結論を置く。
「精霊は、常に正しい存在です」
断定だった。
疑問の余地を許さない、優しい断言。
「だからこそ――」
「我々が、問われているのです」
その瞬間、沈黙の重心が移動した。
精霊が語らない理由は、
精霊の疲弊でも、距離でもなくなる。
語れないのは、人の側。
癒されないのは、人の側。
泣けないのも、人の側。
苦しみは、事故ではなくなる。
誤りでもなくなる。
それは――
意味を持つ状態として、固定された。
誰も否定されていない。
誰も叱責されていない。
それでも、逃げ道は消えていた。
沈黙は、もはや空白ではない。
宗教の言葉によって、物語に編み直された。
信じ続ける者は、正しい。
耐え続ける者は、選ばれる。
癒されない者は、まだ途中にいる。
この瞬間から、沈黙は――
救済の予告として、教義の中に封じられた。




