scene8 章の締め ― 取り消された翻訳の残骸
涙は、確かに戻った。
広場のあちこちで、嗚咽が続いている。
肩を震わせる大人。
声を殺して泣く子ども。
誰もそれを咎めない。
泣くことが、ようやく許されたからだ。
だが――
信頼は、戻らなかった。
人々の視線は、もう彼女に集まらない。
敵意でも、拒絶でもない。
ただ、選択肢から外された者を見る目だった。
言葉は、訂正できる。
発言は、取り消せる。
記録も、書き換えられる。
それでも――
一度、その言葉を前提に組み上げられた判断と生活は、
なかったことにはならない。
「立てている」という翻訳は、
すでに街の内部で役割を終え、
価値観として残骸を散らしていた。
その残骸の上で、
人々は今、泣いている。
誰が悪かったのか。
何を信じるべきだったのか。
その問いに、彼女は答えない。
答えられないのではない。
答える権利が、もうないことを理解している。
ティエナ・ルー・リードは、
正しいことを言った。
沈黙は祝福ではない。
精霊は、疲れ切っている。
その翻訳は、誤っていない。
それでも彼女は、
選ばれなくなる。
癒し手ではなく、
判断を覆した者として。
言葉を翻した者として。
確信を与える声が、別の場所で高まっていく。
揺れない断定が、人々を包み始める。
そして、精霊は――
まだ、沈黙している。
拒絶ではない。
応答不能なままの、沈黙だ。
翻訳は取り消された。
だが、その余白は、埋まらない。
この街で失われたのは、
癒しだけではなかった。
「揺れても、選ばれる余地」そのものだった。
――第10章・了。




