scene5 街に戻る涙 ― 感情の解禁
最初に訪れたのは、沈黙だった。
誰も動かない。
誰も声を上げない。
否定も、反論も、同意もない。
広場は、まるで判断を保留されたままの世界のように静止していた。
その中で――
ひとつ、音が漏れた。
小さな、喉の奥で詰まるような音。
嗚咽とも、息切れともつかない。
出そうとして出た声ではなく、抑えていたものが、誤って外に出てしまった音。
本人は、すぐに口を押さえた。
泣くつもりはなかった。
だが、その瞬間――
それを止める理由が、どこにも見つからなかった。
次に、子どもが泣いた。
理由は分からない。
痛みでも、恐怖でもない。
ただ、立ち続けなくていいと、
身体が先に理解してしまった。
高い声が、広場に落ちる。
それを聞いて、大人が息を詰まらせる。
目を伏せる。
肩が、わずかに震える。
泣くことを、誰も咎めない。
評価もしない。
だから、止まらない。
誰かが、膝をついた。
意図した動作ではない。
力が抜けただけだ。
それを見て、別の誰かが座り込む。
立っていられなくなったのではない。
立たなくていいと、許されたからだ。
泣き声が重なる。
大きな悲鳴にはならない。
整然とした街のまま、感情だけが崩れていく。
その中で、ティエナは感じ取る。
風が――
ほんのわずかに、揺らいだ。
精霊の応答ではない。
癒しでもない。
ただ、完全な無反応ではなくなったという兆し。
まだ、回復は起きない。
ここで起きているのは、救済ではない。
これは、崩壊だ。
立ち続けることで保たれていた均衡が、
初めて、崩れることを許された瞬間。
涙は、説得された結果ではなかった。
「泣いてもいい」という許可が、
言葉ではなく、沈黙の取り消しとして与えられただけだった。
そして街は、ようやく理解し始める。
立たないことからしか、始まらない段階があることを。




