scene4 翻訳の取り消し ― 決定的発言
ティエナは、広場を見渡した。
集まっているのは、敵ではない。
彼女を拒む者も、糾弾する者もいない。
そこにあるのは、
「答えを知っている者を見る視線」だった。
彼女は、一度だけ、ゆっくりと息を吸う。
「……以前」
声は震えていなかった。
大きくも、小さくもない。
「私は、ここで言いました」
人々の集中が、わずかに強まる。
評議員が、無意識に記録具を整えた。
「あなたたちは、もう立てていると」
その言葉は、もう新しくない。
この街の秩序を支える、既知の文言だった。
ティエナは、そこで一拍、間を置いた。
「それは――」
誰も遮らない。
誰も息を荒らさない。
「誤りでした」
空気が、止まる。
怒号も、ざわめきも起きない。
ただ、人々の理解が、追いつこうとして足を止める。
ティエナは続けた。
「精霊は、祝福して沈黙しているのではありません」
彼女は誰も見据えない。
ただ、事実だけを、正しい位置に戻すように言葉を置く。
「精霊は――疲れ切っています」
一部の市民が、無意識に眉をひそめた。
だが、それは反発ではなく、困惑だった。
「呼ばれ続けてきました」
「応え続けてきました」
「……もう、応えられないほどに」
誰も否定しない。
誰も賛同もしない。
この言葉は、誰かを責めるためのものではなかった。
「あなたたちが立てているから、沈黙したのではありません」
ティエナは、はっきりと言った。
「立ち続けることを求めたからです」
声に、糾弾はない。
正義の熱もない。
あるのは、翻訳の訂正だけだった。
「沈黙は、合格の証ではありません」
「限界の、兆しです」
広場に、初めて“揺れ”が生まれる。
それは怒りではない。
恐怖でもない。
これまで確かだと思っていた前提が、
音もなく崩れ始める感触だった。
ティエナは、それ以上、何も足さなかった。
説明もしない。
弁解もしない。
ただ、誤った翻訳を、取り消した。
それだけで、
世界は、反転を始めていた。




